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10分でわかる経済の本質
~日本の経常黒字縮小傾向は何を意味しているのか?~

2014.05.20
※ EY総合研究所は2017年6月30日をもって解散いたしました。 下記の掲載内容は公開時の情報となります。

1. はじめに

経常収支とは、海外とのモノの輸出入、サービスの受払、投資収益の受払などの収支の合計であり、一国経済が海外から受け取る所得から、海外へ支払う所得を差し引いた対外純所得とも言うべきものである。したがって、ある面では、日本の経常収支は、日本経済が海外から「稼ぐ力」、日本経済の「国際競争力」、ひいては、日本の「国力」を表しているとも言える。長く「日本は巨額の経常黒字国」というのが常識であったが、日本の経常黒字は、2011年度以降3年度連続で減少し、2013年度には約0.8兆円と、比較可能な1985年度以降では最小となった。経常黒字国日本という常識が転換点を迎え、日本の「稼ぐ力」、ひいては「国力」が低下しているのではないかとして、経常収支に対する関心が急速に高まっているようだ。

ただ、一国経済のいわば「最終的な帳尻」である経常収支は、一国経済の様々な側面を多面的に表すものであり、その状況(黒字・赤字)や変化(黒字・赤字の拡大・縮小)をもって、一概に「良いこと・悪いこと」とは判断できない。実際に、経済理論においては、経常赤字それ自体が問題にされることはなく、より実践的にも、好ましくない黒字や好ましい赤字もあり得る。日本の経常収支が赤字になった場合も、その良し悪しを判断するためには、その背景を分析する必要が出てくる。ただ、結論を先取りして言えば、日本においては、巨額の財政赤字が続く中で、経常赤字が定着する場合には、いわゆる「双子の赤字」の状況に陥り、財政破綻の可能性が高まることに十分な注意が必要である。したがって、日本の実情を前提とすると、経常赤字が定着しないよう早めに適切な手段を講じるべきであると言えよう。

2. 「経常収支」とは何を意味しているのか?

以下では、最近における日本の経常収支動向に関する議論について、筆者なりの考え方を紹介していくが、ここではまず、その前提として、経常収支の意味合いについて、簡単に整理しておきたい(紙幅の関係で、十分に厳密な議論が行えないことをご容赦頂きたい)。

まず、経常収支は、次の(A式)で定義される。

(A式)経常収支=貿易収支+サービス収支+所得収支

ここで、「貿易収支」、「サービス収支」、「所得収支」は、それぞれ、海外との「モノの輸出入」、「サービスの受払」、「投資収益などの受払」の収支を表す。

また、経常収支と国内経済(所得もしくは生産と需要)との関係は以下の(B式)で表される。

(B式)経常収支=所得-内需=生産-内需

B式は、経常収支が、所得もしくは生産から、内需(国内の需要)を差し引いたものであることを示している。ここから、経常赤字とは、所得よりも国内の需要が多い、あるいは、生産よりも国内の需要が多い状態を示していることが分かる(GDP統計上は、定義により「所得=生産」となることに注意)。

さらに、経常収支と国内の資金過不足との関係は以下の(C式)で表される。

(C式)経常収支=民間純貯蓄+財政収支

C式は、一国の資金過不足と海外との資金供給・調達の関係を示すものである。ここから、経常赤字とは、例えば、民間部門(家計+企業)の資金余剰(=民間貯蓄)よりも、公共部門の資金不足(=財政赤字)が大きく、国内部門全体として資金不足が発生し、海外部門から資金を調達している(ファイナンスを受けている)状態を指していることが分かる。

上記の3式を合わせて考えると、例えば経常赤字とは、生産する以上に国内に需要があるため、海外への支払が受取を上回ってしまい、その結果、国内で資金不足が発生し、海外からの資金流入に頼っている状態を指すと言えよう。

3. このところの経常収支悪化の原因は何か?

財務省が5月12日に公表した国際収支統計(速報)によると、2013年度の経常黒字は前年度比8割程度の減少となる約0.8兆円で、1985年度以降では初めて1兆円の大台を割り込んだ。また、単月ベースでみると、2013年10月~2014年1月の4か月間に亘り、経常収支の赤字が続いた。

こうした経常収支悪化の原因は、緩やかな所得収支の黒字拡大が続く一方で、貿易収支の赤字がそれを上回るペースで拡大したことである(図表1)。2013年度の貿易赤字は約10.9兆円と、前年度比2倍超となり、比較できる1996年度以降では最大となった。この間の貿易赤字の拡大は、①特殊要因により輸入が増加したことと、②円安にもかかわらず、輸出が伸び悩んだことの相乗効果によってもたらされたと言える。

(下の図をクリックすると拡大します)
図表1 経常収支とその内訳の推移

上記の輸入の増加には、①原発停止による液化天然ガス(LNG)の輸入にかかる金額が、数量増と円安の両面から嵩上げされたこと、②住宅関連・自動車等で、消費税率引上げ前の駆け込み需要を反映した輸入の増加がみられたことなどが寄与している。なお、原発停止に伴う燃料輸入金額の嵩上げは4兆円程度とみられているため、仮に全原発の稼働が再開したとしても、それだけで貿易赤字(2013年度約10.9兆円)が解消するわけではない。

一方、輸出の伸び悩みは、「円安になればいずれ輸出が増える」という、いわゆる「Jカーブ効果」がなかなか現われないことによる面が大きい。「Jカーブ効果」とは、自国通貨安が、はじめは貿易収支の悪化をもたらすものの、次第に改善に繋がっていく現象を指している。日本でも、これまでは、円安が始まった当初は輸入価格の上昇の影響が大きいため、貿易収支は一時的に悪化するものの、円安による円建て手取り額の増加から、輸出製品の現地通貨建て販売価格を引き下げることが可能になると(いわゆる「円安調整値下げ」)、輸出数量が増加を始め、次第に貿易収支が改善するという経験則がみられた。しかし、今回の円安局面ではこうしたJカーブ効果がなかなか現われない。

4. 円安なのに輸出が増えないのは何故か?(貿易赤字は定着したのか?)

5月15日に公表されたGDP速報によると、2013年度の実質輸出は前年度比+4.7%と、3年度振りの増加に転じたものの、従来の円安局面に比べると輸出の伸び悩みが顕著である(2000~02年の円安時をみると、2002年度の実質輸出は前年度比+11.9%)。これまでの円安傾向にもかかわらず輸出が伸びない、言い換えればJカーブ効果が現われない背景としては、①円高抵抗力の向上、人件費の削減、市場への近接化などを狙って日本企業が製造拠点を海外に移した(国内の産業「空洞化」が進んだ)こと、②主な輸出先である新興国の景気減速など、世界経済の成長テンポが鈍いこと(需要不足)、③新興国製品との競合の少ない高級品については、日本企業が収益拡大を狙って、円安になっても現地通貨建て販売価格を引き下げなくなった(あるいは引下げ幅を縮小した)こと、④新興国製品との競合の激しい低価格品については、日本の国際(産業)競争力が低下した(極端な円安でなければ中国や韓国等との価格競争を勝ち抜けなくなった)ことなどが指摘できよう。

これに対し、実証研究の結果等に基づき、Jカーブ効果が現われるのはむしろこれからだという主張も聞かれる。しかしながら、Jカーブ効果の発現が貿易収支赤字幅を縮小する効果が弱まっていることは事実であり、さらに円安が進行したとしても、約10.9兆円の貿易赤字額を全て埋め合わせることは難しいだろう。一方、原発の停止や産業の空洞化が貿易収支赤字幅を押し上げる効果は当面継続するものと見込まれる。したがって、少なくとも今後2~3年の間は、貿易赤字が継続する蓋然性が高いように思われる。

5. 日本の「稼ぐ力」は衰えたのか?(経常収支は赤字に転落するのか?)

少なくとも当面は日本の貿易赤字が続くとすると、それは、日本経済の海外から「稼ぐ力」が低下しているということを意味するのだろうか。また、日本の経常収支は基調的に赤字に転落してしまうのだろうか。

こうした疑問に応えるべく、モノとサービスの輸出額、所得収支の受取額を足し合わせて日本経済の海外から「稼ぐ力」の推移をみたものが図表2である。輸出額と受取額だけを足し合わせたのは、「海外へ支払った額を差し引かず、海外から受け取った額のみを足し合わせたほうが、真の『稼ぐ力』を正確に反映すると考えられる」からである(例えば、輸入額は原燃料市況の影響を受けやすいといった事情などを勘案した)。

(下の図をクリックすると拡大します)
図表2 日本の「稼ぐ力」の推移

図表2により、日本経済の真の「稼ぐ力」の推移をみると、リーマン・ショックを機に2008~09年度にかけて低下した後、東日本大震災の影響もあって回復が遅れていたものの、2013年度には2007年度に迫る水準まで回復してきている。日本企業の生産拠点の海外移転を反映して、モノの輸出額は未だピークに及ばないものの、所得収支の受取額がピークを更新しており、全体としては増加傾向に戻ったと言ってよいだろう。このことは、国内製造拠点からの輸出が、海外現地法人からの輸出等に伴う収益の受取に振り替わっている面もあることを示している。日本経済の海外から「稼ぐ力」は決して衰えているわけではなく、今後も暫くは、経常収支の黒字基調は維持されるものとみられる。

6. 日本は経常赤字に転落することはないのか?(転落するならいつか?)

一方、今後数年は経常黒字を保つとしても、現在の国内経済のトレンドが続けば、中長期的には日本が経常赤字に転落することはほぼ確実な情勢である。これは、例えば、日本の人口推計をみる限り、「総人口」の減り方よりも、「生産年齢人口」の減り方のほうが急であることからも明らかである(図表3)。

図表3 総人口・生産年齢人口の推移(中位推計)

前出の(B式)「経常収支=所得-内需」において、「内需の伸びは、総人口の伸びで近似させる」一方、「所得の伸びは、生産年齢人口の伸びで近似させる」ことができる。このため、中長期的にみると、日本経済は内需の落ち込みよりも所得の落ち込みのほうが急となりやすく、現在の国内経済のトレンドが続けば、いずれ経常赤字に転落する可能性が高い。人口動態の伸びを単純に所得と内需の伸びに当てはめれば、日本経済は2020年頃までには基調的な経常赤字に転じる計算になる。

もちろん、経常収支の動向は様々な条件で大幅に変動し得るため、2020年頃までに経常赤字に転じることを回避することは不可能ではないだろう。ただし、今後、日本の高齢化が着実に進展することは間違いない。こうした中、団塊世代が75歳以上の後期高齢者に加わる2020年代には、家計部門全体として、貯蓄を取り崩す局面に移行する可能性が高い。この場合には、前出の(C式)「経常収支=民間純貯蓄+財政収支」において、民間純貯蓄がマイナスに転じることを通じて、経常赤字が定着しやすくなることに十分な留意が必要であろう。

7. 日本が経常赤字に転落することは問題か?

経常収支はあくまでも一国の経済状態を示すに過ぎず、経常赤字それ自体が「悪い」というわけではない。経常収支の赤字や赤字化に良し悪しがあるとすれば、それは理由次第ということになる。前出の(B式)「経常収支=所得-内需」で示されるとおり、経常収支は所得から内需を差し引いたものになる。ここで、所得が減る形での経常赤字への転落は常に好ましくない。例えば、競争力の低下から輸出が減少することは、「稼ぐ力」が衰えて所得が減ることを意味する。また、エネルギー効率の悪化などの理由で輸入が増えることは、所得が産油・産ガス国へ流出することを意味する。いずれの経常赤字化も「悪い」ことだと判断すべきだろう。

一方、内需(民需+公需)が増える形で経常赤字に転落する場合は、その評価は事情によって分かれてくる。公需が増える形で経常赤字化するのであれば、「双子の赤字」に陥っていることになり、「悪い」ことだと判断できる。これに対し、民需が自律的に増える形で経常赤字化するのであれば、一般的には「好ましい」ことと判断できる。

もっとも、巨額の財政赤字を抱える日本経済の現状を前提とすれば、経常赤字への基調的な転落は回避しなければならない。前出の(C式)「経常収支=民間純貯蓄+財政収支」から明らかなとおり、経常赤字に転落するということは、国内の民間資金余剰では財政赤字を賄えなくなり、海外からの資金調達が必要になることを意味するからである。国債の消化の多くを海外投資家に依存するようになれば、長期金利が上昇し、利払い費の増嵩から更なる財政赤字の拡大に繋がるという形で、「財政の持続可能性」を保つことが極端に難しくなるだろう。日本の場合には、経常収支の赤字転落を回避しつつ、財政再建を着実に進めていく手だてが不可欠なものになっていると言える。

8. 日本が経常赤字に転落するのを防ぐにはどうしたら良いか?

日本の経常赤字転落を回避するためには、前出の(B式)「経常収支=所得-内需」から明らかなとおり、生産活動を活発化させて、所得を増やせばよいということになる。そのためには、例えば、輸出競争力を高めてモノで海外から「稼ぐ力」を強めるとか、エネルギー効率の向上を通じて所得の海外流出を防ぐといった方策が考えられる。また、高齢者や女性労働者の活用で労働力化率を高めれば、所得の増加を通じて、経常収支の黒字化に寄与することにもなる。

このほか、例えば、①産業の空洞化対策としての規制緩和、②国際水準に比べて高い法人実効税率の引下げ、③より高い収益率が見込める直接投資の促進、④少子高齢化に対する歯止め策などが必要になってこよう。日本においては、こうした手だてを通じて、財政赤字と経常赤字の「双子の赤字」を抱える「債権取崩し国」に陥るのを回避することが、喫緊の政策課題になりつつあると言えるだろう。