個別受注産業 第1回:個別受注契約の会計処理の特徴

2020年5月11日
カテゴリー 業種別会計

EY新日本有限責任監査法人 個別受注セクター
公認会計士 鈴木雅也/寺尾一哉

Ⅰ. はじめに

この稿においては、個別受注産業とは、その事業を進めるにあたって客先からのオーダー(指図)に基づき、個別に機械装置や造船を製作・建造をする産業をいうこととします。これは、多岐にわたる業種について、個別の受注契約をもとに最終製品を納める契約形態の特色から派生する様々な会計的な問題に焦点を当てて、その特殊性を考察することを意図した区分です。

個別受注契約の形態をとる業種は、プラントエンジニアリング・造船業・航空防衛産業等の多岐に及ぶため、今回はプラントエンジニアリング及び造船業に焦点を当て、その事業の特色や、個別受注契約の特殊性から生じる会計処理及び内部統制につき、以下の3回に分けて解説します。

なお、文中の意見にわたる部分については、執筆担当者の私見であることを、あらかじめ、お断りします。

Ⅱ. 個別受注契約の会計処理の特徴

個別受注契約は、個別的な客先からの指図により製品等の製造を行う契約であるため、損益管理はプロジェクトごとの個別損益管理を行います。従って、受注金額と発生原価をプロジェクトに集計し対応させ、個別原価計算により損益管理を行います。この際、収益の計上、また原価の発生についての会計処理は、2018年3月30日に企業会計基準委員会より公表された企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、収益基準)及び企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、収益適用指針)が適用されます。収益基準、収益適用指針の適用に伴い、従来適用されていた企業会計基準第15号「工事契約に関する会計基準」(以下、基準)及び企業会計基準適用指針第18号「工事契約に関する会計基準の適用指針」(以下、適用指針)は廃止されるため、会計処理の特徴と主な変更点について説明します。なお、基準において「工事契約」とは、仕事の完成に対して対価が支払われる請負契約のうち、土木、建築、造船や一定の機械装置の製造等、基本的な仕様や作業内容を顧客の指図に基づいて行うものをいうとされているため(基準4項)、同基準で規定されている工事進行基準の適用条件、見積りの変更及び工事損失引当金の計上の適用条件等、様々な検討が必要となります。

1. 工事進行基準の適用

基準においては、船舶の建造契約やプラントの建設請負契約は、通常、長期請負工事契約となり、工事収益及び工事原価の認識・測定は、工事契約に関して、工事進行途上においても、その進捗部分について成果の確実性が認められる場合には工事進行基準を適用し、この要件を満たさない場合には工事完成基準を適用します。

成果の確実性が認められるためには、次の各要素について、信頼性をもって見積もることができなければならないとされています(基準9項)。

(1) 工事収益総額
(2) 工事原価総額
(3) 決算日における工事進捗度

個別受注産業では、工事進行基準適用の前提となる工事収益総額・工事原価総額・工事進捗度の見積りの信頼性に対する内部統制の整備運用が、最も重要な要素となります。

収益基準においては、以下のいずれかを満たす場合、一定期間にわたり収益を認識することになります(収益基準38項)。なお、いずれも満たさない場合は、一時点で収益を認識することになります。

(1) 企業が顧客との契約における義務を履行するにつれて、顧客が便益を享受すること
(2) 企業が義務を履行することにより、資産が生じる又は資産の価値が増加し、それにつれて、顧客が当該資産を支配すること
(3) 別の用途に転用することができない資産が生じ、かつ、それまでに完了した義務の履行に対し、支払いを受ける強制可能な権利を有していること

収益基準において、工事進行基準適用の前提となる工事収益総額・工事原価総額の見積りの信頼性については言及されてはいないものの、重要な要素となることには変わりはありません。

2. 工事収益総額について

工事収益総額について信頼性をもった見積りを行うためには、以下の2要件を充足する必要があります(基準10項、11項)。

(1) 工事施工者に当該工事を完成させるに足る十分な能力があり、完成を妨げる環境要因が存在しないこと
(2) 工事契約において対価の定めがあること

「対価の定め」とは、当事者間で実質的に合意された対価の額に関する定め、対価の決済条件及び決済方法に関する定めをいいます。

船舶のプラント建設契約の場合、請負金額は契約時に確定しているのが通常ですが、施工中の設計変更等による変動が生じた場合や、官公庁等との取引において発注者予算上の制約により発注タイミングが年度をまたぐ場合には、対価の定めに対する見積りの信頼性の管理が重要となります。

3. 工事原価総額について

信頼性をもって工事原価総額を見積もるためには、工事原価の事前の見積りと実績を対比することにより、適時・適切に工事原価総額の見積りの見直しが行われることが必要であるとされています(基準11項)。

工事は長期に及ぶため、当初受注時の見積りから施工時までに、鋼材価格や労務費等の工事原価総額の見積りに変動が生じることになります。また、個別受注となる製造過程はプロジェクトごとに異なるため、その工事総原価の見積りに対する内部統制が、適正に構築されていることが重要となります。

4. 決算日における工事進捗度の信頼性をもった見積りについて

決算日における工事進捗度を見積もる方法として原価比例法を採用する場合には、工事原価総額の見積りに関する要件が満たされれば、通常、決算日における工事進捗度も信頼性をもって見積もることができるとされていますが(基準13項)、当然のことながら、決算日までに発生した工事原価実績は、原価計算基準に準拠した適正な個別原価計算が実施されていることが前提となります。

原価査定の締め日が月中であった場合には、月末までの原価査定の適切な見積りが重要となります。

収益基準においては、進捗度の合理的な見積りができる場合に、一定期間にわたり収益を認識する方法、すなわち各決算日の進捗度に応じて収益を認識します。また、進捗度の測定方法においては、以下の二つがあります(収益適用指針15項)。

(1) アウトプット法:移転した財・サービスの顧客にとっての価値に注目する方法
(2) インプット法:労力やコストが予測する合計に占める割合に基づく方法

なお、類似の義務及び状況に首尾一貫した方法を適用し、各決算日に見直しを行います(収益基準42項、43項)。

5. 工事完成基準の会計処理

工事完成基準を適用する場合には、工事が完成し、目的物の引渡しを行った時点で、工事収益及び工事原価を損益計算書に計上し、工事の完成・引渡しまでに発生した工事原価は、「未成工事支出金」等の適切な科目をもって貸借対照表に計上するとされています(基準18項)。

船舶やプラント引渡しの場合、収益の認識時点は、客先による引渡し確認書類の交付及び代金決済が同時に実行される場合が多いため、通常、高い客観性が担保されているといえます。

収益基準では、工事契約について、契約における取引開始日から、完全に履行義務を充足すると見込まれる時点までの期間がごく短い場合には、一定の期間にわたり収益を認識せず、完全に履行義務を充足した時点で収益を認識することができます(収益適用指針95項)。

6. 原価回収基準の会計処理

原価回収基準は、履行義務を充足する際に発生するコストを回収できると見込まれる額で収益計上する方法です。履行義務の充足に係る進捗度を合理的に見積もることができないが、当該履行義務を充足する際に発生する費用を回収することが見込まれる場合には、履行義務の充足に係る進捗度を合理的に見積もることができる時まで、一定の期間にわたり、充足される履行義務について原価回収基準により処理します。具体的なイメージ図及び仕訳例は以下のとおりです。

<イメージ図及び仕訳例>

個別受注産業 <イメージ図及び仕訳例>

なお、契約の初期段階において、履行義務の充足に係る進捗度を合理的に見積もることができない場合には、初期段階は収益認識をせず、当該進捗度の合理的な見積りが可能となる時点から収益を認識できます(収益適用指針99項)。契約の初期段階では、費用発生額に重要性が乏しいため、原価回収基準が認められています(収益適用指針172項)。

7. 工事契約から損失が見込まれる場合の取扱い

工事契約について、工事原価総額等が工事収益総額を超過する可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積もることができる場合には、その超過すると認められる見込まれる額(以下、工事損失)のうち、当該工事契約に関して、すでに計上された損益の額を控除した残額を、工事損失が見込まれた期の損失(売上原価)として処理し、貸借対照表の流動負債の区分に工事損失引当金として計上することになります(基準19、21項)。これは、工事進行基準であるか工事完成基準であるかにかかわらず、また、工事の進捗の程度にかかわらず適用されるものです(基準20項)。

なお、新収益基準において、工事契約から損失が見込まれる場合の取扱いについては、IFRS15号を基礎とせず、基準の定めを踏襲します(収益適用指針90項、91項)。

8. 開示

基準では、工事契約について次の事項を注記することが求められています(基準22項)。

(1) 工事契約に係る認識基準
(2) 決算日における工事進捗度を見積るために用いた方法
(3) 当期の工事損失引当金繰入額
(4) 同一の工事契約に関する棚卸資産と工事損失引当金がともに計上されることとなる場合には、次の①又は②のいずれかの額(該当する工事契約が複数存在する場合にはその合計額)

① 棚卸資産と工事損失引当金を相殺せずに両建てで表示した場合
その旨及び当該棚卸資産の額のうち工事損失引当金に対応する額
② 棚卸資産と工事損失引当金を相殺して表示した場合
その旨及び相殺表示した棚卸資産の額

なお、(4)については重要性の乏しい場合は省略できます(連結財務諸表規則40条、財務諸表等規則54条の4)。

収益基準の公表により、財務諸表等規則等において、収益認識に関する注記(財務諸表等規則第8条の32、連結財務諸表規則第15条の26)が追加されました。具体的には、顧客との契約から生じる収益について、財務諸表提出会社の主要な事業における主な履行義務の内容、及び財務諸表提出会社が当該履行義務に関する収益を認識する通常の時点についての注記が必要となります。また、棚卸資産及び工事損失引当金の注記の規定は削除されることとなりました。

本規定は21年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から原則適用となり、18年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から早期適用することが認められています。適用時期については、いずれも収益基準と同様になります。

また、会社計算規則については18年7月30日に会社計算規則の一部を改正する省令案が公表されており、収益認識に関する注記について注記表に区分表示することが提案されています。

9. 工事進行基準を適用している企業における不正事例

工事進行基準は見積りの要素が大きいことから、一般的に不正による虚偽表示リスクが高くなると考えられます。監査・保証実務委員会実務指針第91号「工事進行基準等の適用に関する監査上の取扱い」では、工事進行基準に関する不正事例が以下のとおり、いくつか紹介されており、工事進行基準を適用する場合の留意点として参考になるものと思われます。

(1) 意図的な工事契約の認識の単位の設定による工事損益率の調整
(2)工事収益総額が注文書又は契約書で確定していない場合の工事収益総額の不適切な見積り
(3) 実現可能性の低い原価低減活動による原価低減を考慮した工事原価総額の不適切な見積り
(4) 工事契約の管理者が故意に外注業者等又は会社内部の者と共謀し、発生した工事原価を異なる工事契約の工事原価とする等の原価の付替えを実施することによる工事原価の操作
(5) 工事契約の管理者が故意に外注業者等又は会社内部の者と共謀し、発生した工事原価を故意に計上しない又は架空原価を計上することによる工事原価の操作
(6) 工事契約の管理者が故意に外注業者等又は会社内部の者と共謀し、作業実績時間等の操作を行うことによる工事原価の操作

個別受注産業は一般的に受注金額が大きく、かつ工期も長くなることから、見積りに誤りが生じた場合には工事収益及び工事原価に大きな影響を与えるため、工事進行基準に関する適切な内部統制の構築が求められます。

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