海運業 第5回:海運業における新収益認識基準の主要論点

2020年7月30日
カテゴリー 業種別会計

EY新日本有限責任監査法人 海運セクター
公認会計士 高井大基/古田晴信

1. 海運業収益の特徴

海運業は、その事業の特殊性を背景として、財務諸表等規則において別記事業とされており、国土交通省が定める「海運企業財務諸表準則」(以下、海運業準則)に基づく開示を行わなければなりません。

一方で、2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から原則適用となる「収益認識に関する会計基準」(以下、会計基準)及び「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下、適用指針)からなる、いわゆる「新収益認識基準」においては、別記事業に対する特別な取扱いはされていないことから、海運業準則の枠組みを考慮した範囲内で、他の業種と同様に新基準適用の検討を行うことになります。

海運業ビジネスにおける収益(海運業収益)は、海運業準則特有の定めにより、以下の3種類に大別されます。このそれぞれについて、新収益認識基準における主要論点を説明します。

① 運賃

最終顧客である荷主との間で締結した貨物運送契約及び航海傭船契約に従って貨物を運送したことによる運賃収益をいいます。これには当該運送契約に付随して生じた収益(滞船料等)も含まれます。

② 貸船料

傭船契約(航海傭船契約を除く)に基づいて船舶を貸与したことによる収益をいいます。傭船契約は、その形態により定期貸船料と裸貸船料に大きく区分されますが、そのいずれもが貸船料に含まれます。なお、傭船契約については、広義では荷主との間で個別に結ぶ航海傭船契約も含まれますが、当該収益は運賃として計上されます。

③ その他海運業収益

運賃・貸船料以外の海運業を営むことによって生じた収益をいいます。

2. 収益認識のタイミングの論点

① 運賃

従来の海運業の会計慣行においては、運賃の売上計上基準として、積切出港(出帆)基準、航海日割基準(複合輸送進行基準を含む)、及び航海完了基準の3種類の基準から、企業が最も自社のビジネスに適合する方法を選択適用しているものと考えられます。

しかし、一般的に船舶による運送サービスは、会計基準第38項等に定める「一定の期間にわたり充足される履行義務」の要件(1)~(3)(特に(1)企業が顧客との契約における義務を履行するにつれて、顧客が便益を享受すること)を満たしている場合が多いと考えられることから、一定の期間にわたって収益を認識することとなり、これまで認められてきた積切出港(出帆)基準や航海完了基準は認められなくなります。

【一定の期間にわたり充足される履行義務の要件(会計基準第38項)】

次のいずれかを満たす場合、財・サービスの支配を顧客に一定の期間にわたり移転することにより、一定の期間にわたり履行義務を充足し収益を認識する

(1) 企業が顧客との契約における義務を履行するにつれて、顧客が便益を享受すること

(2) 企業が顧客との契約における義務を履行することにより、資産が生じる又は資産の価値が増加し、それにつれて顧客が当該資産を支配すること

(3) 企業が顧客との契約における義務を履行することにより、別の用途に転用できない資産が生じ、かつ、それまでに完了した部分について、対価を収受する強制力のある権利を有すること

このように「一定の期間にわたり充足される履行義務」として識別される場合は、履行義務の充足に係る進捗度を合理的に見積もった上で、その進捗度に基づいて、収益を一定期間にわたって認識することになります(会計基準第41項)。

進捗度の適切な見積方法には、適用指針第15~22項に定めるアウトプット法とインプット法がありますが、いずれかの方法が優先されているわけではなく、財又はサービスの性質を考慮して適切な進捗度の見積方法を決定し、それを首尾一貫して適用することになります。具体的には、海運実務で採用されている航海日数や航海距離等といった指標を、進捗度として用いられるかどうか検討することになると考えられます。

なお、当該履行義務の充足及び進捗度の見積りに関しては、適用指針第97項において「船舶による運送サービス」として個別に言及されています。一航海の船舶が発港地を出発してから帰港地に到着するまでの期間が、通常の期間(運送サービスの履行に伴う空船廻航期間を含み、運送サービスの履行を目的としない船舶の移動又は待機期間を除く)である場合には、履行義務の識別(会計基準第32項)や進捗度の見積り(会計基準第41項)の考慮を行わずとも、複数の顧客の貨物を積載する船舶の一航海を単一の履行義務とした上で、当該期間にわたり収益を認識することができる、とされています。実務上は、この条項にのっとった売上計上基準を策定することが想定されます。

以上の運賃に係る収益認識のタイミングは、内航貨物船や近海船における運賃でも、原則として同様です。従来の積切出港(出帆)基準あるいは航海完了基準を継続できるのは、これらの運送形態における航海期間の短さに鑑みて、原則的な収益認識基準を適用する場合との影響額が非常に僅少である場合に限られると考えられます。

② 貸船料

貸船料については、傭船期間が契約によって定められているため、傭船期間のうち事業年度内に経過した日数を日割(時間割・分割)で計上しているケースがほとんどと考えられます。新収益認識基準の適用後も、収益認識のタイミングや考え方に大きな変更はないと考えられます。なお、貸船料に関連して、決算時において前払いを受けた傭船料について翌事業年度に属する部分がある場合には、契約負債として貸借対照表に計上することになります(会計基準第78項)。

③ その他海運業収益

その他海運業収益には、運賃及び貸船料以外の海運業収益が含まれます。

海運業ビジネスには、船員配乗・雇用管理業務や船舶保守管理業務などを行う船舶管理業が存在します。船舶管理料については、現状の会計実務において、毎月定額で収益計上している場合があります。船舶管理業務は複数の履行義務により構成されているため、まずは履行義務を識別し、その上で各履行義務に対価を配分することが必要になります。その結果、現状の会計実務とは異なる収益認識パターンとなり得ることに留意が必要です。

3. 変動対価の論点

海上輸送においては、滞船料(契約上の停泊期間内に積荷、揚荷が終了せず停泊期間が延長したときに、荷主が海運企業に支払う超過割増金)や、早出料(契約停泊期間より早く荷役が終了したときに、当該日数に応じて海運会社から荷主に支払われる割戻金)が発生する場合があります。これらの金額は、会計基準第50~55項等に定める、変動対価として取り扱われることになります。

変動対価の額については、変動対価の額に関する不確実性が事後的に解消される際に、解消される時点までに計上された収益の著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り、取引価格に含めるとされています。特に滞船料については、諸条件や責任関係について荷主との交渉が難航し、事後的に金額の変更を受ける場合があることから、どの範囲を取引価格に含めるかを慎重に判断する必要があります。

4. 本人・代理人(総額・純額)の論点

海運業ビジネスにおいては、海運に付帯する業務として船舶代理店業が存在し、特に大手海運企業であれば、グループ企業として国内外に代理店企業を設立・運営する実務も多く存在しています。

船舶代理店業においては、代理店における顧客との約束の性質が、財又はサービスを企業が自ら提供する履行義務であるか、あるいは財又はサービスが他の当事者によって提供されるように企業が手配する履行義務であるかを判断し、収益を総額で認識するか、手数料等だけを純額で認識するかの検討が必要となります。

5. その他の論点

運送請負契約に付帯する業務に関して、航海完了した後に請求権が生じるような輸送サービス等が生じる場合には、債権として生じていない未回収の対価が、契約資産に該当するか検討する必要があります(会計基準第77項)。

また、裸傭船の貸船から生じる収益など、リース契約と類似した特徴を持っており、従来リース会計基準に準じた処理が適用されている取引については、収益認識基準の適用後も、引き続きリース会計基準の貸手の処理の定めに従って収益を認識することになる点に留意が必要です。

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