建設業 第3回:建設業の内部統制

2016年12月28日
カテゴリー 業種別会計

建設セクター
公認会計士 石川裕樹/橋之口 晋/藤井 陽/本多英樹

1. 建設業における工事管理の流れ

第1回で説明した通り、建設業の業務の流れは主に以下のようになります。第3回では管理上、重要と考えられる以下①から④の四つの時点におけるリスクと内部統制、及び決算上、留意すべき事項について解説します。

図 建設業における工事管理の流れ

2. 工事受注・契約時の管理

(1) 工事受注・契約時のリスクと内部統制

営業活動の成果として工事を受注した際には、発注者と契約を締結することになります。契約は金額のみならず、工期、仕様及び支払い条件等、さまざまな内容が含まれます。受注・契約に関しては、以下のようなリスクが考えられます。

① 発注者の信用不安によるリスク

建設工事は通常、契約金額が多額であり、受注から竣工・引渡しまでに長期間を有することになります。このため、発注先の信用状況によっては工事代金が回収不能になるリスクがあります。

このようなリスクを軽減するためには、適時適切に発注者の信用情報を入手するような体制づくりが重要となります。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。

  • 受注に関する意思決定を行う際に、発注者の信用状況に関する事項が考慮事項になっている
  • 発注者の信用状況の変化について検討する体制がある
  • 発注者の信用状況に変化があり、工事代金の回収が懸念されるような状況になった場合には、追加損失の発生を避けるため発注者と協議の上、施工を継続するかどうか検討する体制になっている

② 資金繰りが悪化するリスク

前述のように建設工事は契約金額が多額であり、長期間になります。工事では一般的に、外注先への支払いが先行し、入金が後になることが多いため、資金繰りの悪化についても留意する必要があります。

このようなリスクを低減するためには、契約書の内容を検討する際に、金額以外の事項についても考慮することが重要です。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。

  • 契約内容について支払い条件に関する事項が考慮事項になっている
  • 自社の資金繰りに与える影響について検討することになっている
  • 工事採算の検討に資金調達コストを含めた採算を検討することになっている
  • 契約締結には契約金額だけでなく、契約内容を含めて検討され、承認される体制になっている

③ 不採算工事を受注するリスク

工事受注に際しては、その工事を施工するのに必要な原価(積算原価)を見積もり、受注金額と比較して採算を検討することにより、受注すべきか否かの意思決定が行われます。ここで積算原価の見積りを誤った場合には、受注可否に関して間違った意思決定がなされ、不採算工事を受注してしまうリスクがあります。

工事によっては、特殊な工法や技術が必要になる場合があります。また、施工現場が狭く十分な作業スペースが確保できなかったり、近隣住民と騒音等でトラブルになったりする可能性がある等、施工上の環境面が整っていない場合があります。施工に必要な工法や技術、施工環境に対する検討が不十分な状態で受注してしまった場合には、自社での対応が困難な範囲について企業外部へ依頼する必要が生じたり、現場環境により想定通りに工事が進まなかったりすることで、思わぬコスト増につながるリスクがあります。さらに、施工が困難になり、工事契約自体が破棄されるようなことになれば、損害賠償の負担や、自社への信頼の失墜といったリスクもあります。

このようなリスクを低減するためには、受注に関する意思決定を行う際に、工事の採算以外に、工事の特殊性についても検討することが重要です。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。

  • 積算原価の見積りは、適切な経験や専門的な知識を有した部署または担当者が行っている
  • 低利益率または赤字で工事を受注する際には、適切な承認を得なければならない体制になっている
  • 見積もられた積算原価は、さまざまな担当者により検討され、承認が行われる体制になっている
  • 施工方法や必要技術に関する事項が考慮事項になっている
  • 施工環境に関する事項が考慮事項になっている
  • 施工に関する知識を有する者を交えて、受注に関する意思決定を行う体制になっている


(2) 決算上、工事受注時に留意すべき事項

受注時に見積総原価が工事収益総額を超過することが見込まれている場合には、受注損失引当金(工事損失引当金)の計上が必要です。計上漏れが生じないよう、赤字工事を網羅的に抽出する体制となっていることが重要です。

3. 実行予算作成・承認時の管理

(1) 実行予算作成・承認時のリスクと内部統制

工事契約の締結後、詳細設計が行われ、これに基づき実行予算が作成されます。実行予算は、施工中の工事損益管理、及び決算期における工事進行基準の採用の羅針盤となることから、非常に重要なものです。実行予算の作成及び承認並びに、その見直しに当たっては、以下のようなリスクが考えられます。

① 精度が低い見積りで実行予算が作成されるリスク

実行予算の作成には主観的な判断や、立証が困難な不確実性が含まれるため、不合理な実行予算が作成されてしまう可能性があります。不合理な実行予算が作成された場合、それを基礎として工事損益管理が行われることになるため、有効な工事損益管理が行えないというリスクがあります。

主観的な判断や不確実性の排除には困難な面がありますが、経験豊富な担当者が関与することや、作成過程において、一定金額以上は協力業者から見積りを入手するといった規定を設けることで、リスクは軽減できると考えられます。また、実行予算の事後的な検証を定期的に行うことで、不適切な実行予算が作成されることに対して、一定の牽制(けんせい)が働くことが期待できます。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。

  • 実行予算の作成に適切な経験や知識を有した担当者が関与することになっている
  • 費目ごとに必要とされる根拠資料が明確化されている。例えば、材料費や外注費について必要に応じ見積書を入手し、適切に積み上げて集計することになっている
  • 実行予算の作成時に過去の類似工事の実績を考慮することになっている
  • 人件費について職位に応じて適切な賃率等が設定されている場合には、これに適切に見積もられた工数を乗じて計算することになっている
  • 原価要素を工事契約別に適切に集計するプロセスが存在し、原価要素別に実績との比較が行えるような体制になっている

② 実行予算が適時に作成・承認されないことによるリスク

実行予算は工事の規模や難易度により、その決定までに時間を要することがあります。しかし、実行予算は、その後の損益管理の基礎となるものであるため、適時に作成・承認されない場合には、その間、有効な損益管理が行えなくなるというリスクがあります。

各工事には個別の特性があるため、実行予算の作成期間に画一的な期限を定めることはできませんが、合理的な範囲で期限を設け、期限超過の際の理由を明確にするような体制になっている場合には、不合理な理由で実行予算が適時に作成されないことについて、一定の牽制が働くことが期待できます。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。

  • 規模、工事の種類、特性等の区分に応じて、実行予算の策定期限に関する規定が明確に定められている
  • 規模、工事の種類、特性等の区分に応じて、実行予算の承認権限者が適切に定められており、適切な承認がなされることになっている
  • 実行予算の作成、または承認が期限を超過した場合には、その理由を明確にすることになっている


(2) 決算上、実行予算作成時に留意すべき事項

実行予算では工事原価総額が見積もられます。精度が低い工事原価総額に基づいて工事進行基準を適用した場合、計算される各期の損益が不正確なものとなってしまいます。そのため、実行予算の工事原価総額が信頼性をもって見積もられているか否かという点が、決算上、実行予算作成時に留意すべき事項で最も重要なポイントとなります。

また、実行予算承認時に工事進行基準が適用されることが多いため、実行予算の承認時期には留意する必要があります。特に、低採算の工事等、赤字となる可能性が高い工事については、実行予算の承認を先送りしていないか留意が必要と考えられます。すなわち、進行基準を適用すべき工事に漏れがないか、赤字工事について漏れなく工事損失引当金が計上されているか、という点において注意が必要であるため、そのようなリスクを回避できる体制になっているかということも重要なポイントになります。

4. 工事施工中の管理

(1) 工事施工中のリスクと内部統制

工事の施工中は、工程通りに工事が進捗しているか、工事損益が大きく変動する要素が発生していないか、といった視点で管理が行われます。工事施工中の主なリスクとしては、以下のようなものが考えられます。

① 工事が工程通りに進捗しないリスク

施工に先立って作成された工程表に基づき工事が施工されますが、事故や天災、周囲の住民とのトラブルといった想定外の事象の発生により、工事が当初想定した工程通りに進捗しないリスクがあります。この結果として、実行予算通りの施工ができず、実行予算の見直しが必要になります。

施工中の事故や天災、トラブル等が発生した場合には、それらが工程に与える影響を適時に把握して適切な対応を行い、必要に応じて工程の変更を検討することが重要となります。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。

  • 工程表と実際の進捗を比較して工事の進捗状況を管理することとなっている
  • 原価の発生状況について、類似規模等の他の工事と比較・検証し、異常点の有無を検討することとなっている
  • 工事に遅れが生じた場合には作業手順の見直し、適切な是正措置が取られることになっている
  • 前述を含めた工事の進捗状況については、定期的に管理部門でモニタリングされ、必要に応じて支援が図られることになっている
  • 工事の進捗状況に応じて適時・適切に実行予算の見直しが行われる体制となっている

② 対価性のない追加工事を施工してしまうリスク

工事の施工中に、発注者から追加工事を要請される場合があります。追加工事では、仕様変更の内容や、本工事と追加工事の範囲の違いに関する対価を、発注者と書面で合意できていない場合、対価を請求できないリスクがあります。

工事ごとの、さまざまな事情により、やむを得ず詳細が未定のまま着工しなければならない場合もありますが、どのような場合であれば追加工事を受けるべきかについて一定の基準を設けることにより、リスクを軽減することが重要になります。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。

  • 追加工事を受注する際に、追加受注の仕様・範囲・金額等について、発注者と十分な協議を行い、協議内容を適切に記録・保管することになっている
  • 発注者からの発注内示書等、発注意思を確認できる証憑がない限り、追加工事の着工ができないことになっている
  • 追加契約を締結しない限り、追加工事は実施できないことになっている
  • 追加工事受注の決定に際し、適切な承認を得ることになっている

③ 外注費に関連するリスク

建設業では協力業者を利用することが多く、外注費の計上が多額になることから、外注工事の管理が重要となります。大規模現場では多くの外注業者及び作業員がいるため、管理には多大な労力を要し、日々の協力業者の作業を管理できない場合には、適切な損益管理や工程管理ができなくなるリスクがあります。また、工事担当者には、外注費を通してのキックバックや、複数の工事を担当している場合には、業績を達成するために原価の付替え等のインセンティブがあります。

このようなリスクを軽減するためには、発注時の検証・承認体制の確立、人事ローテーションの徹底、発注システムによる制約、事後的に検証できる等の体制を整備することにより、一定の牽制を設けることが重要です。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。

  • 協力業者の選定に当たっては、複数社からの相見積りを取得することになっている
  • 協力業者等に対する発注内容、金額及び当該協力業者等の選定理由が明確にされ、発注担当者とは別の部署または担当者により承認されることになっている
  • 協力業者への支払いが発注に基づいて行われていることを確かめる体制が存在する、または発注したものでなければ支払われないというシステム上の制約がある
  • 工事原価の振替えを行う際には、振替理由及び振替手続が明確になっている
  • 実行予算と実績を適時に分析し、差異原因が明確にされることになっている


(2) 決算上、工事施工中に留意すべき事項

工事の施工中に、何らかの事象の発生等により当初の見積りから変化があれば、会計上、適切に反映する必要があります。

例として、工事契約金額の増額や一部減額があった場合には、工事収益総額に反映されているか留意が必要です。また、事故や天災、トラブル等により工事に遅れが生じ、作業手順の見直しや、追加人員の投入、工期の延長といった対応が取られることが合理的に見込まれる場合には、当該事項による原価への影響を検証し、会計に反映させることが必要となります。

さらに、「2(1)①発注者の信用不安によるリスク」に関して、工事の施工中に発注者の信用状況に変化があり、工事代金の回収が懸念されるような状況になった場合には、計上した完成工事未収入金の回収可能性を判断し、貸倒引当金の計上を検討する必要があります。

5. 工事完成・引渡時の管理

(1) 工事完成・引渡時のリスク

建設業者は発注者に対して、工事を完成させ、物件を引き渡す責任を負っています。工事の引渡しにより、この義務が消滅し、発注者に対する請負代金の請求権が生じることとなります。この権利・義務関係の明確化のため、完成・引渡時期の管理が重要となります。工事完成・引渡時のリスクとしては、以下のようなものが考えられます。

引渡しが確認できないことにより不利益を被るリスク
建設業者が請負人としての責任を履行したことが客観的に検証できる手段として、発注者が物件を受領したことを証明する証憑(以下、物件受領証等)を入手することが考えられますが、発注者の事情により物件受領証等が発行されないケースもあります。物件受領証等が入手できず、物件の引渡し、言い換えれば請負人としての責任の履行が証明できない状態で、訴訟等のトラブルになった場合には、請負代金を請求できないリスクや、不利な条件で追加・補修工事を実施しなければならないリスクが生じる可能性があります。
発注者からの物件受領証等が入手できない場合には、物件を引き渡したことを明らかにした文書(以下、工事引渡書等)により残しておくことや、社内検査を実施し、その記録を保存する等によって、完成・引渡しの事実が不明確になることにより生じるリスクを軽減する必要があります。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。

  • 工事の完成後に、施工担当者以外の確認者により社内検査が行われ、工事の完了時期、不具合箇所の有無について検討が行われている
  • 物件の引渡時に発注者立会いの下で検査を行い、検査を行った日時、項目、指摘事項等を明確にして報告書等、適切に記録する体制になっている
  • 発注者と物件受領証等を取り交わし、工事を引き渡したことを明確にする体制になっている
  • 発注者と物件受領証等の取り交わしができない場合には、工事引渡書等を発行し、工事が終了し引き渡したことを明確にする体制になっている


(2) 決算上、工事完成時に留意すべき事項

工事完成基準を採用している場合には、工事の完成・引渡しが行われた時点で工事収益が認識されるため、工事進行基準を適用している場合と比較して、どの時点で引渡しが行われたかが、より重要になります。そのため、工事の引渡しの認識漏れによる工事収益の計上漏れ、引渡時期の操作による工事収益の先行計上、又は繰延べ計上に留意する必要があります。