「顧客との契約から生じる収益に関する論点の整理」及び「我が国の収益認識に関する研究報告(中間報告)」について 第5回:収益認識のモデルにおける個別論点

2011年6月24日 PDF
カテゴリー 解説シリーズ

ナレッジセンター 公認会計士 井澤依子

VI. 個別論点の解説

1. 論点「①財又はサービスの移転からのみ収益を認識する」について

a. 提案モデルの概要

<ポイント>

提案モデルにおいては、企業が顧客に約束した財又はサービスを移転することによって、顧客が財又はサービスを支配したときに、識別された履行義務を充足し、収益を認識するという考え方をとっている。これは工事契約等についても同様であり、顧客が資産の製造に応じて当該資産を支配する場合にのみ、連続的な収益認識となる。これは、アウトプットやインプットの割合、時の経過に基づいて収益を認識するものであり、進行基準的な会計処理と考えられる。

  • 財又はサービスは、顧客が財又はサービスに対する支配を獲得したとき、すなわち、財又はサービスの使用を指図し、当該財又はサービスから便益を享受する能力を有する場合に顧客に移転する。
  • 顧客が財又はサービスの支配を獲得している指標には、次のものが含まれるが、これらの指標はいずれも、単独で、顧客が財又はサービスの支配を獲得したかどうかを決定するものではなく、また、一部の指標は、特定の契約と関連性がない場合がある(例えば、物理的な占有(③)及び法的所有権(②)は、サービスには関連しない)。

【顧客が財又はサービスの支配を獲得している指標】

① 顧客が無条件の支払義務を負っている
② 顧客が法的所有権を有している
③ 顧客が物理的に占有している
④ 財又はサービスのデザイン又は機能が顧客に固有のものである

  • 工事契約に関して、約束した財又はサービスを建設中に受け取る場合、すなわち、資産が製作、製造又は建設されるにつれて顧客が仕掛品に対する支配を獲得する場合には、連続的な移転と判断され、作業が完成するまで顧客が財又はサービスを受け取らない場合には、企業は完成時まで収益を認識しないこととなる。
  • 顧客への連続的な財又はサービスの移転を描写するための、適切な収益認識の方法には、次の方法が含まれる。

【連続的な移転における収益認識方法】

アウトプット法
生産もしくは引き渡しの単位数、契約上のマイルストーン、又は、これまでに移転した財もしくはサービスの量の、移転される財もしくはサービスの総量に対する割合の調査に基づく収益認識
インプット法
これまでに投入した労力(例えば、費消した資源のコスト、労働時間、機械時間)の、投入される予定の総労力に対する割合に基づく収益認識
時の経過に基づく方法
契約の予想残存期間にわたる定額法による収益認識

b. 提案モデルに係る設例

製造サービスか製造された機器か(本論点整理 設例17より)

シナリオ1 - 製造サービス

(前提条件)

  • 製造業者が、高度に特別仕様の機器を製造し、1年後に固定価格で顧客に引き渡すという契約を顧客と締結する。
  • 返金不能の出来高払いが、四半期ごとに、当該四半期中に完成した作業について行われる。
  • 当該機器は製造業者の施設で製造される。
  • 機器は特定の顧客の注文に合わせたものであるため、顧客は機器の設計及び製造工程に大きく関与している。例えば、顧客は製造工程を通じての機器の変更を追加的な検討のために指定できる。
  • 機器に対する法的権利は、機器の引渡時に顧客に移転する。機器の製造が完了する前に契約が終了となる場合には、顧客は部分的に完成した機器を保持し、その日までに完成した作業について支払いを行わなければならない。

(結論)

支配が連続的に移転すると判定される(以下、【検討過程】参照)。

シナリオ2 - 製造された機器

(前提条件)

  • 製造業者は、機器を1年後に固定価格で顧客に引き渡す契約を顧客と締結する。
  • 顧客は四半期ごとに60千円の支払いを行う義務がある(製造業者が機器の引き渡しをしなかった場合には全額回収可能である)。
  • 製造業者は通常、契約があるときにしか機器を製造しないが、機器は製造業者の施設で製造され、標準設計のものである。従って、顧客は機器の設計の軽微な部分しか指定することができない。
  • 機器に対する法的権利は、機器の引渡時に顧客に移転する。顧客が機器の引き渡しの前に契約を解除する場合には、顧客は当該機器の他の顧客への売却による利益の喪失について製造業者に補償する。

(結論)

支配が一時点で移転すると判定される(以下、【検討過程】参照)。

【検討過程】

支配の移転の指標
シナリオ1
(製造サービス)
シナリオ2
(製造された機器)
①無条件の支払義務
有。四半期ごとの返金不能の出来高払い(解約の場合にはその時点までの出来高払い)
四半期ごとの定額払い(ただし、顧客が機器を受け取れなかった場合には全額回収可能)
②法的所有権の移転


③物理的占有

④デザイン・機能が顧客固有のものである

  • 設計に大きく関与(変更も可能)
  • 製造工程に大きく関与
  • 標準設計(軽微な部分のみ指定可能)
  • 製造工程への関与も無

c. わが国の基準の今後の方向性(ASBJの見解)

  • 顧客が財又はサービスの支配を獲得した時点で収益認識を行うことにより、財又はサービスの移転を忠実に描写することができると考えられるため、わが国においても支配の移転に着目して収益認識を行うという考え方を取り入れていくことが適当であると考えられる。
  • なお、実態に応じた判断が行われるよう、支配の考え方や指標について引き続き検討を行う必要があると考えられる。また、一時的な移転の場合と連続的な移転の場合の考え方や指標が区別されていないため、それぞれの場合の考え方や指標を検討することが考えられる。

2. 論点「②複数要素契約(別個の履行義務の識別)」について

a. 提案モデルの概要

<ポイント>

収益の認識単位は、契約における履行義務であり、「財又はサービスが区別できる場合」には別個の履行義務として会計処理しなければならない。

  • 収益の認識単位は、契約における履行義務(財又はサービスを顧客に移転するという当該顧客との契約における強制可能な約束)である。
  • 企業が複数の財又はサービスを移転することを約束している場合は、財又はサービスが区別できるときのみ、約束した財又はサービスのそれぞれを別個の履行義務として会計処理しなければならない。
  • 企業が、複数の約束した財又はサービスを同時に顧客に移転する場合において、これらの履行義務を一緒に会計処理しても、収益認識の金額と時期がこれらの履行義務を別個に会計処理したときと同じ結果になる場合は、別個の履行義務として会計処理する必要はない。

【財又はサービスが区別できる場合】

① 企業(又はその他の企業)が、同一の、又は類似する財又はサービスを別個に 販売している。
② 財又はサービスが次の条件の双方を満たしていることにより、企業が財又はサービスを別個に販売し得る。

  • 財又はサービスに、区別できる機能があること
  • 財又はサービスに、区別できる利益マージンがあること

b. 提案モデルに係る設例

据え付けを伴う特別仕様の機器(ED 設例9より)

(前提条件)

  • 企業が、製造した特別仕様の機器の販売と据え付けを行う契約を結ぶ。据え付けは業界内の他の企業も行うことができる。
  • 当該機器は区別できる。企業は当該機器を別個に販売していないが、別個に販売することは可能だからである。当該機器は機能が区別できる。当該機器は据え付けをしないとそれ自体では用益がないが、別個に販売される据付サービスと一緒にすれば用益を有しているからである。さらに、当該機器の利益マージンは区別できる。対象となっているリスクが区別できるものであり、企業は当該機器を提供するのに必要な資源を識別できるからである。
  • 据付サービスは区別できる。同様のサービスを他の企業が別個に販売しているからである。

(結論)

財・サービスが区別できるため、企業は機器と据え付けについて別個の履行義務を識別する。しかし、据付後でないと顧客が当該機器に対する支配を獲得しない場合には、企業はそれらを別個に会計処理する必要はない。


c. わが国の基準の今後の方向性(ASBJの見解)

  • わが国の現行実務では、ソフトウェア取引に関する特定の複合取引以外については、契約を収益認識の単位とすることが一般的であるが、提案モデルでは、契約に含まれる履行義務単位で収益認識を行うこととなる。
  • わが国においても、財又はサービスが区別できる場合には、識別された別個の履行義務を収益認識の単位として検討していくことが適当であるが、財又はサービスが区別できる場合のガイダンスは、顧客への財又はサービスの移転を忠実に描写する方法であるとともに実務上可能な方法で行われるよう、引き続き明確化の検討が必要である。

3. 論点「⑧回収可能性(信用リスク)の収益への反映」について

a. 提案モデルの概要

<ポイント>

履行義務を充足した時に、企業は顧客の信用リスクを反映させ、受け取ると見込まれる対価を確率で加重平均した金額で収益を認識する。

  • 取引価格の算定に当たり、企業は約束した対価の金額を、顧客の信用リスクを反映するように減額しなければならない。従って履行義務を充足した時に、企業は受け取ると見込まれる対価を確率で加重平均した金額で、収益を認識する。企業が対価に対する無条件の権利(すなわち、受取債権)を取得した後は、当該対価への権利に係る信用リスクの評価の変動による影響は、収益以外の損益として認識する。
  • IASB及びFASBのEDでは、多くの契約については、顧客の信用リスクの影響に重要性がないので、企業は約束した対価の全額を回収すると予測することになる(約束した対価で収益認識する)としている。

b. 提案モデルに係る設例

顧客の信用リスク(本論点整理 設例5より)

(前提条件)

  • 企業が、商品を1,000千円で提供する契約を顧客と結ぶ。支払いの期限は、商品が顧客に移転されてから1カ月後である。
  • 企業は、同様の性質の契約についての経験に基づいて、顧客が対価を支払わない可能性が10%あると評価している。
  • 顧客に商品を移転した後に、顧客の財政状態が悪化し、企業は顧客への売掛債権がさらに60千円減損したと判断する。

(会計処理)

① 商品の移転時

①商品の移転時
 考えられる対価金額	確率	期待される対価

受け取ると見込まれる対価を確率で加重平均した金額900千円で、収益を認識する。

② 債権の再評価時

②債権の再評価時

いったん受取債権を計上した後の、信用リスクの評価の変動による影響は、収益以外の損益(貸倒引当金繰入)として認識する。

c. わが国の基準の今後の方向性(ASBJの見解)

  • 提案モデルでは信用リスクの影響を取引価格に反映する(収益を減額する)としているが、契約に重要な財務要素が含まれる場合を除き、収益は約束した対価で認識し(収益を減額せず)、信用リスクの影響は収益とは別の損益(貸倒引当金繰入額)として認識することが適当であると考えられる。
  • 現行のわが国の実務では、商品の割賦販売について、原則的な商品などの引渡時に収益認識を行う方法のほかに、割賦金の回収期限到来時や入金時に収益認識を行う方法も認められている。しかし、現行の国際的な会計基準や提案モデルではこのような取扱いは認められていないため、本論点整理の認識及び測定の原則に基づき収益を認識する方向で検討を行うことが考えられる。

4. 論点「⑨取引価格の算定に当たっての見積りの使用」について

a. 提案モデルの概要

<ポイント>

顧客が固定額の対価を支払うことを約束した場合、取引価格は約束された固定額となるが、対価の金額が変動する場合には、取引価格は企業が顧客から受け取ると見込まれる対価を確率で加重平均した金額を反映したものとなる。

  • 顧客が固定額の対価を支払うことを約束し、その支払いが約束した財又はサービスの移転と同時又はほぼ同時に発生する場合、取引価格は約束された固定額となる。
  • 一方、割引、リベート、返金、クレジット、インセンティブ、業績ボーナス/ペナルティー、偶発事象、値引き、顧客の信用リスク又はその他の類似の要因により、対価の金額が変動する場合には、取引価格は、財又はサービスの移転と交換に、企業が顧客から受け取ると見込まれる対価を確率で加重平均した金額を反映したものとなる。
  • 企業は、取引価格を合理的に見積ることができる場合にのみ、履行義務を充足した時に収益を認識しなければならない。取引価格を合理的に見積ることができない場合には、状況が変化して取引価格を合理的に見積ることができるようになったときに、充足済みの履行義務について収益を認識しなければならない。

b. 提案モデルに係る設例

出来高ボーナスとペナルティー付きのコンサルティング・サービス(本論点整理 設例4より)

(前提条件)

  • X1年4月1日に、コンサルタントが原価管理のコンサルティング・サービスをクライアントに6カ月間提供することを約束する。
  • クライアントは各月末に20,000千円を支払うことを約束する。
  • 契約終了時に、クライアントの原価節減のレベルによってコンサルタントがクライアントに10,000千円を返金するか、追加の10,000千円を受け取るかのいずれかが決まる。
  • 契約開始時に、コンサルタントは、取引価格を合理的に見積ることができると判断し、追加の10,000千円を受け取る確率を80%と見積る。
  • 契約終了後に、コンサルタントは追加的な対価10,000千円を受け取る。

(会計処理)

① X1年4月~9月

①X1年4月~9月
考えられる対価金額	確率	期待される対価

1カ月当たりの収益126,000千円÷6=21,000千円
毎月、21,000千円で収益認識を行う。

② X1年9月の追加仕訳

②X1年9月の追加仕訳

取引価格が130,000千円で確定したため、既計上額126,000千円との差額4,000千円について、追加の収益認識を行う。

c. わが国の基準の今後の方向性(ASBJの見解)

  • わが国においても、取引価格(顧客と約束した対価ではなく、顧客から受け取ると見込まれる対価の金額)に基づき収益認識を行うという基本的な考え方については、国際的な会計基準とほぼ同様であると考えられる。
  • 対価の金額が変動する場合、企業は取引価格を合理的に見積れる場合にのみ、履行義務の充足から収益を認識することは適当であると考えられる。
  • しかし、生じ得る対価の金額を確率加重した見積りは、契約に従って生じ得る結果ではない取引価格になる場合があると考えられるため、全ての状況において、確率加重した金額で測定するかどうかについては、検討を行う必要があると考えられる。

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