わかりやすい解説シリーズ「退職給付」 第3回:退職給付費用

2015年4月15日
カテゴリー 解説シリーズ

公認会計士 内川 裕介
公認会計士 七海健太郎

1. 退職給付費用

【ポイント】
退職給付費用は、1会計期間の退職給付引当金の増加額であるとともに、企業の退職給付に関して発生したコストを示すものです。退職給付費用を構成する内容について、要因別に検討してみたいと思います。

※この回では個別財務諸表における処理を前提としています。連結財務諸表の処理については第4回をご参照ください。

第2回でも触れましたが、退職給付費用を構成する項目は、以下の図表の項目です。

【図3-1】

図3-1

以下、退職給付費用を構成するそれぞれの項目について、具体的に解説していきます。

2. 勤務費用と利息費用

【ポイント】
勤務費用とは、退職給付見込額のうち当期の労働の対価として発生したと認められる退職給付をいいます。また、利息費用とは、期首時点における退職給付債務について、期末までの時の経過により発生する計算上の利息をいいます。

第1回でも触れたとおり、退職給付債務の毎期発生額は、期間定額基準または給付算定式基準により見積られます。従業員の将来の退職給付見込額は、毎期発生する勤務費用の積み上げですが、一方で退職給付債務は割引計算を行う必要があるため、各期で発生した勤務費用にはその後の退職までの期間に応じて利息費用が発生することになります。

ある1名の従業員について、勤務費用と利息費用の発生を図で示した場合、以下のとおりになります。

【図3-2】

図3-2

上記の図に関して、各期の勤務費用と利息費用を算出するためには、退職を迎える期である第3期から見ていく必要があります。すなわち、第3期における退職給付見込額300を勤務年数で割った金額100が各期の退職給付債務発生額となりますが、当該金額には、それぞれ時の経過に応じて発生した利息費用が含まれています。従って、各期の勤務費用を求めるためには、以下のような割引計算を行い、利息費用と勤務費用を区別して把握する必要があります。

各期別の勤務費用と利息費用は、以下の表のように発生します。

年数 退職給付債務
(期首)
勤務費用① 利息費用② 退職給付債務
(期末)
第1期 96 96
第2期 96 98 2 196
第3期 196 100 4
300
  • 勤務費用の算定方法

    まず、勤務期間3年・退職給付見込額300のため、年度ごとの内訳は
    300÷3年=100
    従って当該100を、各発生年度まで割引いて、それぞれの勤務費用を算定します。

    • 第1期...100÷(1.02)2=96
    • 第2期...100÷1.02=98
    • 第3期...100
  • 利息費用の算定方法

    期首の退職給付債務残高に割引率を乗じて算定します。

    • 第1期...期首が0のため、利息費用は発生しない。
    • 第2期...期首96×割引率2%=2
    • 第3期...期首196×割引率2%=4

3. 期待運用収益

【ポイント】
期待運用収益とは、年金資産により当期に獲得が期待される、運用上の収益額です。
期待運用収益は、期首の年金資産残高に対して、長期期待運用収益率を乗じることにより算定します。

年金資産とは、従業員への退職給付支払いのために企業が外部の企業年金基金等に掛金の拠出を行い、積み立てている資産をいいます。年金資産は主に株式や債券等から構成されているため、毎期運用上の収益が生じることになります。

しかし、期末の年金資産の実際の運用結果を待ってからでは毎期の退職給付計算に間に合わないため、一定の長期期待運用収益率を用いて期待運用収益を算定し、退職給付計算に反映することとなります。

期待運用収益の発生のイメージを図にすると、以下のとおりです。

【図3-3】

図3-3
  • 期待運用収益の算定方法

    各期の期待運用収益は、年金資産期首残高に対して長期期待運用収益率を掛けることにより算定します。算定された期待運用収益は、各発生年度の退職給付費用のマイナスとして会計処理されます。

    • 第1期...期首1,000×長期期待運用収益率3%=30
    • 第2期...期首1,300(=第1期・期首1,000+掛金拠出270+実際運用収益30)×長期期待運用収益率3%=39

4. 数理計算上の差異

【ポイント】
数理計算上の差異とは、退職給付における見積数値と実績数値との差をいいます。数理計算上の差異が発生するパターンとしては、大きく二つに区別できます。
また、数理計算上の差異は費用(又は収益)として処理する際に、遅延認識を行うことができます。

数理計算上の差異とは、退職給付計算において予測と実績が乖離する場合、又は予測数値の修正等により生じる差異をいいます。数理計算上の差異は、主に以下の二つのパターンに起因して発生します。

  • <パターンその①> 退職給付における数理計算の結果と実績との間に差異がある場合

    (1) 年金資産の期待運用収益と実際の運用成果との間に差異がある場合

    年金資産の評価は期末時点の公正な評価額により行われます。しかし退職給付会計上、期末の年金資産の見積りは、期首の年金資産残高に長期期待運用収益率を乗じた結果である期待運用収益をもとに算出されるため、公正な評価額とは差異が生じる場合があります。

    【図3-4】

    図3-4

    上記図表にて示されている、年金資産から生じた数理計算上の差異10は、一定の方法により、退職給付費用のマイナスとして処理する必要があります。

    (2) 退職給付債務の計算に用いた見積りと実績に差異がある場合

    退職給付債務の計算を行う際には、将来の退職給付見込額を見積る必要があります。そして、当該見積りは従業員の退職率や死亡率、予想される昇給率やベースアップ率などの計算基礎率を基に退職給付支給額や支給時期等を予測し、見積られることになります。従って、計算基礎率の見積りと実績に差異がある場合には、退職給付債務の見積りと実績に差が生じ、当該差異は数理計算上の差異になります。

    (例)数理計算による退職給付債務の見積りが1,000、実績が1,200の場合

      見積り
    実績 差異
    退職給付債務 1,000 1,200 200

    上記の退職給付債務は、実績額が見積額を上回っているため、数理計算上の差異200は、一定の方法により、費用化していく必要があります。

  • <パターンその②> 計算基礎率を変更した場合

    退職給付計算における割引率や長期期待運用収益率、従業員の退職率などの計算基礎率を変更した場合、その変更における影響額は数理計算上の差異になります。

    (例)変更前の基礎率で計算した退職給付債務の金額が1,000、変更後の基礎率で計算した退職給付債務の金額が1,200の場合

      変更前
    変更後 
    差異
    退職給付債務 1,000
    1,200 200

    変更後の基礎率で退職給付債務を再計算した結果生じた、数理計算上の差異200は、一定の方法により、費用化されることになります。

    各計算基礎率の変更を検討すべき場合としては、例えば以下の要因が考えられます。

    計算基礎率 基礎率の変更要因
    割引率 主に当期の国債金利等の利回りが大きく下落(又は上昇)し、これにより当期末の退職給付債務が前期末比で10%以上減少(又は増加)するものと推定される場合。
    長期期待運用収益率 株価の下落(又は上昇)等により、前年度における年金資産の運用収益の実績が大きく下落(又は上昇)し、当期損益に重要な影響があると認められる場合。
    その他の基礎率 (昇給率や退職率等) 現在の基礎率と実績との間に大きな乖離があり、それによって、退職給付債務などに重要な影響があると認められる場合。

    それぞれの計算基礎率について、上記要因が生じた場合などには、退職給付計算上の計算基礎率を見直す必要があります。

  • 割引率の見直し

    割引率については、前期末に用いた割引率により算定した場合の退職給付債務と比較して、期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定される場合には、期末の割引率を用いて再計算することが会計基準上求められています。単一の加重平均割引率を使用した場合は、当該見直しの要否を検討するための目安とすべき資料が日本年金数理人会、日本アクチュアリー会から公表されている「退職給付会計に関する数理実務基準 退職給付会計に関する数理実務ガイダンス」付録1において示されています。

    【図3-5】

    図3-5

    例えば、前期末までの数理計算に使用されていた割引率が4%、退職給付債務のデュレーション(※)が20年であった場合、当該【付録1】によると「3.6~4.5」の範囲であれば計算後の退職給付債務が10%以上変動することはないと推定されるため、割引率を見直す必要がないものとされています。

    ※ デュレーションとは、一般的には債券の回収期間をいいます。ここでは退職給付債務見込額を退職給付の支払見込期間ごとの現在価値で加重平均した期間をいいます。

    具体的には、企業が仮に20年物国債の金利を割引率の基礎としていた場合に、当期末時点の20年物国債の金利が当初の4%から下落したものの3.6%を下回らない場合、又は、上昇したものの4.5%を上回らない場合には、退職給付債務は10%以上変動することはないと推定されるため、割引率は見直さずに当初の4%をそのまま使用することが許容されます。

    しかし反対に、当期末に下限値である3.6%を下回った場合、又は上限値である4.5%を上回った場合には、退職給付債務が10%以上変動するものと推定されるため、割引率の見直しが必要です。

    例えば、当期末において20年物国債の金利が3.5%となることが見込まれる場合には、下限値である3.6%を下回っているため、割引率を3.5%として再度、退職給付債務を計算し直し、その結果、退職給付債務に10%以上の変動が認められる場合には、当該計算し直した結果を、退職給付債務の金額とする必要があります。

    この時、割引率4%で計算した場合の退職給付債務の金額と、割引率3.5%で計算した場合の退職給付債務の金額の差(上記図表では200)が数理計算上の差異になります。

5. 過去勤務費用

【ポイント】
過去勤務費用とは、退職給付水準を改訂したことなどにより、将来の退職給付見込額が変化し、それによって割引計算し直した場合の、退職給付債務の増減部分をいいます。

退職給付水準が改訂されて、給付水準が上がった場合を前提とすると、過去勤務費用は以下の図表における斜線部分となります。すなわち、給付水準改訂前の退職給付債務と改訂後の退職給付債務の差額のうち、当期以前の期間に属する部分が過去勤務費用となります。

【図3-6】

図3-6

過去勤務費用は、発生した各年度に一括で損益処理する方法のほか、その後の平均残存勤務期間以内の一定の年数により定額法又は定率法で損益処理する方法により会計処理されます。

過去勤務費用は、例えば退職金規定の改訂に伴い給付水準が変更された場合の他、初めて退職給付制度を導入した場合で、計算対象が従業員の過去の勤務期間に及ぶ時などに発生します。

なお、ベースアップにより退職給付債務が変動する場合は、退職金規定の改訂には当たらないため、過去勤務費用には該当しません。

6. 遅延認識

【ポイント】
数理計算上の差異と過去勤務費用は、会計処理の際に遅延認識が認められています。企業が一度採用した遅延認識の方法は、継続的に適用する必要があり、みだりに変更することはできません。

数理計算上の差異と過去勤務費用は、発生した期に一括で損益処理する方法のほか、平均残存勤務期間以内の一定の年数による定額法又は定率法で損益処理する方法、いわゆる遅延認識が認められており、企業は継続適用を条件に、これらの方法を選択適用することができます。企業が遅延認識を採用した場合、数理計算上の差異及び過去勤務費用は発生の翌期以降に未償却部分が残ることになりますが、当該未償却部分はそれぞれ「未認識数理計算上の差異」及び「未認識過去勤務費用」と呼ばれます。

また、それぞれの遅延認識時における処理年数については処理方法と同様、継続適用が求められており、一度採用した費用処理年数を変更する場合には合理的な変更理由が必要となります。なお、償却方法及び償却年数は、数理計算上の差異及び過去勤務費用それぞれごとに設定することができます。

また、数理計算上の差異については、発生した期ではなく、その翌期より損益処理を開始することが特別に認められています。

  • 遅延認識イメージ(償却例)

    例として第1期から第4期までの各期に発生した数理計算上の差異を、発生年度より10年の定額法で償却した場合の、各期の退職給付費用計上額算定のイメージは以下の表のとおりです。

    遅延認識イメージ(償却例)

    仮に、当期の会計期間が第4期なのであれば、未認識数理計算上の差異処理額(※)500を退職給付費用に加算する必要があります。

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