退職給付 第2回:適用初年度の留意事項

2013年12月24日
カテゴリー 解説シリーズ

公認会計士 鯵坂雄二郎
公認会計士 牧野 幸享

1. はじめに

第2回以降は、特に明示する箇所を除き、連結財務諸表を前提に解説します。

第2回では適用初年度に想定される留意事項について、第1回で挙げた6つの「従来との主な変更点」の観点から解説します。

主な変更点
(1)未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用の処理方法
(2)退職給付債務及び勤務費用の計算方法
(3)開示の拡充
(4)複数事業主制度の取扱いの見直し
(5)長期期待運用収益率の考え方の明確化
(6)名称等の変更

本稿では、主な変更点のうち、(1)、(2)、(3)、(6)について、適用のタイミング(適用時期)ごとに分けて解説します。

2.「表示・開示」に係る改正、名称等の変更

(原則:平成25年4月1日以後開始する事業年度の年度末から適用。主な変更点のうち(1)、(3)、(6)に該当。)

詳細は以降で記載していきますが、特に次の点については留意が必要と考えられます。

図1 留意点
イメージ図

(1) 未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用の処理方法

主な影響 想定される対応
未認識数理計算上の差異及び未認識過去勤務費用がその他の包括利益累計額(退職給付に係る調整累計額)に計上されることによる純資産額の増減
  • 適用初年度における純資産に与える影響額の把握
  • 経営指標(ROA、ROE)へのインパクトや借入金の財務制限条項への抵触可能性を踏まえ、対応策を検討

純資産の額が増減することで、下記のような具体的な影響が考えられます。

  • 財政状態が悪化(純資産が減少する場合)
  • 経営指標(例.ROA、ROE)が従前と比べて大きく増減
  • 借入金に係る財務制限条項(例.毎期末の自己資本比率が20%以上)への抵触の可能性

なお、適用初年度については、適用初年度の年度末における未認識数理計算上の差異等について、税効果を調整のうえ、その他の包括利益を通さないで直接純資産の部における「退職給付に係る調整累計額」(その他の包括利益累計額)に計上します(平成24年改正会計基準37項)。

【仕訳イメージ】

  • 個別財務諸表
    (仕訳なし)
  • 連結財務諸表
    (前提)
    退職給付引当金700
    未認識数理計算上の差異等300
    法定実効税率35%(繰延税金資産の回収可能性あり)
仕訳イメージ

a.個別財務諸表で計上した「退職給付引当金」700を「退職給付に係る負債」に振替
b.未認識数理計算上の差異等300の分だけ「退職給付に係る負債」が増加。適用初年度は、直接、純資産の部における「その他の包括利益累計額」に計上される(その他の包括利益を通さない)
c.「退職給付に係る負債」について税効果を調整
(「退職給付引当金」700に対応する税効果は既に個別で計上済と考えられ、ここでは「その他の包括利益累計額」300に対応する税効果について追加で計上することになると考えられます)

※1 連結子会社における少数株主に帰属する部分
連結子会社における「退職給付に係る調整累計額」(その他の包括利益累計額)については、子会社の個別貸借対照表には計上されていませんが、連結上で生じる「為替換算調整勘定」などと同様に、少数株主に帰属する部分は「少数株主持分」に振り替えることになると考えられます。

※2 繰延税金資産の回収可能性
「退職給付に関する会計基準」に対応するため「税効果会計に関するQ&A」(最終改正 平成25年2月7日 日本公認会計士協会)が改正されています。未認識数理計算上の差異等から生じた将来減算一時差異が、いわゆる長期性一時差異に該当することなどが示されています。

「税効果会計に関するQ&A」の「前書文」より一部抜粋

<主な改正内容>

(1) 未認識項目を連結貸借対照表上で負債(又は資産)として即時認識しても、連結財務諸表における会社分類は、個別財務諸表における会社分類と変わらない。

(2) 未認識項目を連結貸借対照表上で負債として即時認識した場合において生じる将来減算一時差異についても、将来解消年度が長期にわたる将来減算一時差異に当てはまる。

(3) 会社分類が変更となり、連結財務諸表上、退職給付に係る負債に係る繰延税金資産の回収可能性を見直す際には、連結損益計算書や連結包括利益計算書で調整する。

(2) 開示の拡充

主な影響 想定される対応
退職給付債務・年金資産に潜在するリスクがより詳細に開示

【年金資産の視点】

  • 年金資産のポートフォリオの見直し
  • 年金資産に係る社内でのリスク管理体制の見直し

【退職給付債務の視点】

  • 退職給付制度の見直し

改正により、退職給付債務の期首残高と期末残高の調整表、年金資産の期首残高と期末残高の調整表、年金資産の主な内訳(債券、株式等の区分)など開示項目の拡充が行われています(具体的な開示例は、「第1回:従来からの変更点 4.開示の拡充」をご参照ください)。
退職給付債務・年金資産のそれぞれに潜在するリスク等が、より詳細に開示されるため、外部への説明責任を十分に果たすための準備が必要と考えられます。例えば、年金資産の期首残高と期末残高の調整表において、毎期多額のマイナスの数理計算上の差異が発生している場合は、年金資産のポートフォリオ、あるいは年金資産の運用方法そのものについて社内で改めて検討していくことが考えられます。
具体的な対応としては、以下のようなものが考えられます。

【年金資産の視点】

  • 年金資産のポートフォリオの見直し
    (安全性の高い資産へシフト。ただし運用益が減り、掛金拠出額が増える可能性にも留意。)
  • 年金資産に係る社内でのリスク管理体制の見直し

【退職給付債務の視点】

  • 退職給付制度の見直し
    (給付水準の見直し、確定拠出年金制度への移行、キャッシュバランスプランの導入)

なお、検討した対応案について、会社が自由に全て決定できる訳ではなく、従業員・規制当局・金融機関等との調整も必要になってくると考えられるため、早めの検討が重要です。また、親会社のみならず子会社も含めた対応が必要なことにも留意が必要です。子会社から情報を収集するために、連結パッケージの様式の見直しも必要になってくると考えられます。

(3) 名称等の変更

連結決算システム等で、「退職給付に係る負債」等の新たな勘定科目設定が必要になると考えられます。

【名称変更される主なもの】

改正前
改正後
変更の主な背景
退職給付引当金 退職給付に係る負債(注)

従来の引当金に、さらに未認識数理計算上の差異等を加えて貸借対照表に計上

前払年金費用 退職給付に係る資産(注)
過去勤務債務 過去勤務費用 年金財政計算上の「過去勤務債務」とは異なることを明確化
期待運用収益率 長期期待運用収益率 用語の明確化

(注)「連結財務諸表」のみの適用であり、「個別財務諸表」は従来どおりの名称を使用。

(4) 簡便法適用会社の場合の留意点

簡便法を適用している会社であっても、退職給付債務の期首残高と期末残高の調整表、年金資産の期首残高と期末残高の調整表の注記など、「開示の拡充」は必要となります。 また、「退職給付引当金」を「退職給付に係る負債」とするなど、「名称等の変更」も行う必要があります。

3. 「退職給付債務等の計算方法等」に係る改正

(原則:平成26年4月1日以後開始する事業年度の期首から適用)

(1) 退職給付債務及び勤務費用の計算方法

主な影響 想定される対応
退職給付見込額の期間帰属方法:「期間定額基準」と「給付算定式基準」のいずれかを選択適用
  • 「給付算定式基準」を採用する場合の財務諸表への影響の把握
割引率:退職給付支払ごとの支払見込期間を反映するものを使用
  • 具体的に適用する方法の検討を含め、割引率を変更した際の財務諸表への影響の把握
    ※ 割引率の重要性基準(10%)への対応も検討
予想昇給率:『確実』ではなく『予想』される昇給等を考慮するよう変更
  • 将来におけるベースアップ等の、「予想昇給率」に変更した際の財務諸表への影響の把握

適用初年度については、当期純利益の計算に影響を与える変更であるため期首の利益剰余金に加減して計上します(平成24年改正会計基準37項)。

【仕訳イメージ】

(前提)
退職給付債務の変動額100 (適用前:1,000 → 適用後:900)
法定実効税率35%(繰延税金資産の回収可能性あり)

退職給付債務及び勤務費用の計算方法の仕訳イメージ

a.退職給付見込額の期間帰属方法
退職給付見込額の期間帰属方法について、改正前は期間定額基準が原則とされていました。改正後は、期間定額基準または給付算定式基準を選択適用することとなります。
一度採用した方法は、会計方針として継続適用する必要があると考えられ、どちらを選択するかの決定にあたっては、専門家(アクチュアリー等)と早めに相談することが対応として考えられます。なお、平成24年改正会計基準の適用前に「期間定額基準」を採用していた場合であっても、適用初年度の期首においては「給付算定式基準」を選択することが認められています(平成24年改正会計基準38項)。

b.割引率
割引率について、改正前は、割引率決定の基礎となる債券の期間について、退職給付の支払見込日までの平均期間を原則としながらも、実務上は従業員の平均残存勤務期間に近似した年数とすることができることとされていました。改正後は、退職給付支払ごとの支払見込期間を反映した割引率を使用することとされました(例.退職給付の支払見込期間及び支払見込期間ごとの金額を反映した単一の加重平均割引率を使用する方法、退職給付の支払見込期間ごとに設定された複数の割引率を使用する方法)。
具体的に採用する方法の検討に加え、財務諸表の数値に直接影響を与える変更であり、将来の会社予算・業績予想への影響も踏まえ、事前に試算を行うことが対応として考えられます。

また、「期末において割引率の変更を必要としない範囲」に関する割引率の重要性基準(10%)についても対応を検討しておく必要があります。

(平成24年改正適用指針第30項)

割引率は期末における安全性の高い債券の利回りを基礎として決定されるが(会計基準第20 項)、各事業年度において割引率を再検討し、その結果、少なくとも、割引率の変動が退職給付債務に重要な影響を及ぼすと判断した場合にはこれを見直し、退職給付債務を再計算する必要がある。
重要な影響の有無の判断にあたっては、前期末に用いた割引率により算定した場合の退職給付債務と比較して、期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときには、重要な影響を及ぼすものとして期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算しなければならない(第72 項参照)。

なお、割引率の重要性に係る適用初年度の取扱いで、参考になるものとして企業会計基準委員会が会員向けに公表している「企業会計基準第26号「退職給付に関する会計基準」及び同適用指針の解説」の脚注4があります。

(脚注4)

割引率変更の要否を判定する際に、これまで重要性基準を考慮してきたが、適用初年度の期首において重要性基準を考慮せずに、適用指針第24 項に基づいて決定された割引率を使用する場合がある。割引率の変更により発生した差異は、通常は、当該年度に発生する数理計算上の差異に含めて、企業の採用する費用処理方法及び費用処理年数に従って処理されるが、この適用初年度の期首における場合には、本会計基準等の適用に伴う会計方針の変更の影響額に含めて、期首の利益剰余金に加減する取扱いも認められると考えられる。また、この場合でも翌年度以後の割引率の決定において再度重要性基準を考慮することも認められると考えられる。

c.予想昇給率
昇給率について、改正前は「確実に見込まれる」昇給等が含まれるとされていました。改正後は「予想される」昇給等が含まれると変更されました。具体的にこの影響を受ける例として、将来における給与水準の変動(ベースアップ)があります。改正前は、ベースアップについて、確実かつ合理的に推定できる場合以外は、予定昇給率の算定には含めず、従業員個々人の実際のベースアップにより退職給付が増加したときの当該影響額は、数理計算上の差異となるとされていました。
財務諸表の数値に直接影響を与える変更であり、割引率と同様に将来の会社予算・業績予想への影響も踏まえ、事前に試算することが対応として考えられます。

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