「公正価値測定及びその開示に関する論点の整理」のポイント

2009年8月11日
カテゴリー 会計情報トピックス

会計監理レポート 吉田剛

企業会計基準委員会が平成21年8月7日に公表

企業会計基準委員会(ASBJ)は平成21年8月7日に、「公正価値測定及びその開示に関する論点の整理」(以下、論点整理)を公表しました。

論点整理では、国際的な会計基準の取り扱いおよびその動向に留意しつつ、公正価値測定の考え方およびその開示について検討を行った結果が示されています。この「公正価値測定」に係る会計基準の適用により、既存の会計基準において定められている公正価値(時価)で評価される資産または負債の範囲が変わるものではありませんが、公正価値の概念等が改訂されることなどによって、算出される公正価値が当該基準の適用前後で相違する可能性があり、この相違が損益等に影響を及ぼすことが想定されます。

なお、平成21年10月5日(月)までがコメント募集期間とされています。

1. 目的および背景(第1項~第6項)

この論点整理は、わが国の会計基準等で定められた公正価値測定の考え方の整理および開示のあり方について検討を行うに当たり、公正価値の概念、その測定方法および開示に関する論点を示し、議論の整理を図ることを目的とするものです。なお、公正価値で測定する資産または負債の範囲や取引価格が当初認識時の公正価値と異なる場合の差額の取り扱い(例えば、初日損益の認識の論点)など、個別の会計基準等で定められている会計処理の見直しを取り扱うものではないとされています。

国際的な会計基準においては、米国財務会計基準審議会(FASB)より平成18年9月に米国財務会計基準書(SFAS)第157号「公正価値測定」(以下、SFAS第157号)が公表され、公正価値の定義や公正価値測定のための枠組みの明確化が図られているほか、公正価値測定に関する開示の拡充がなされています。また、国際会計基準審議会(IASB)からは、平成22年上半期の基準化を目指して、平成21年5月に公開草案「公正価値測定」(以下、IASB ED)が公表されています。

上記のほか、金融危機に対応してさまざまな取り組みが行われており、これらを含めた国際的な会計基準とのコンバージェンスの観点から、わが国の会計基準等における公正価値測定の考え方を整理し、また開示のあり方について検討を行う必要があることから、本論点整理を公表し、広く意見を求めることとされたものです。

2. 論点整理を行う範囲(第7項・第8項)

本論点整理では、国際的な会計基準における公正価値測定に係る論点を網羅的に取り扱い、論点1公正価値の概念、論点2公正価値の測定方法および論点3公正価値測定に関する開示の三つに分類した上で、検討を行うこととされています。また、上記の項目の検討は、主として金融商品を対象とするものですが、それ以外の会計基準等において公正価値測定の対象となる資産および負債(企業結合における識別可能資産および負債の時価や減損会計における正味売却価額を算定する際に求められる資産の時価など)についても検討の対象としています。なお、本論点整理ではその適用時期について特段の記載はなされていません。

3. 論点1 公正価値の概念(第9項~第64項)

論点1-1 公正価値の定義(第9項~第31項)

SFAS第157号・IASB EDの定義 わが国における「時価」の定義
公正価値とは、測定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われた場合に、資産の売却によって受け取るであろう価格、または負債の移転のために支払うであろう価格である(出口価格)。 時価とは、公正な評価額であり、取引を実行するために必要な知識をもつ自発的な独立第三者の当事者が取引を行うと想定した場合の取引価額である。

論点1-1-1 市場参加者の視点(第10項~第13項)

国際的な会計基準の取り扱い わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
SFAS第157号では、公正価値は、市場参加者間の秩序ある取引を想定した価格であるとされている。ここで、市場参加者とは、主要な市場の売り手と買い手であって、一定の要件を満たす者とされている。 わが国では、金融商品実務指針において、必要な知識をもつ自発的な独立第三者の当事者に言及しており、金融資産を取引する当事者についても同実務指針で説明されている。 市場参加者が取引を行うと想定した場合の独立した当事者間の価格を公正価値とする点につき、わが国の会計基準と国際的な会計基準における考え方に大きな差異はないと考えられる。

論点1-1-2 秩序ある取引(第14項~第16項)

国際的な会計基準の取り扱い わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
公正価値は、市場参加者間の秩序ある取引を想定した価格であり、「秩序ある取引」とは、強制された取引(例えば、強制清算や投売り)ではなく、取引に関して通常かつ慣習的なマーケティング活動ができるように測定日以前の一定期間について取引を市場にさらすことを仮定した取引であるとされる。
取引の当事者は、自らの経済的合理性に基づく判断により取引を行うとされており、不利な条件で引き受けざるを得ない取引または他から強制された取引による価格は時価ではないとされている。
わが国の会計基準と国際的な会計基準における考え方に大きな差異はないと考えられる。なお、秩序ある取引に係るガイダンスの必要性は、今後さらに検討する必要がある。

論点1-1-3 参照市場の前提(第17項~第22項)

国際的な会計基準の取り扱い わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
SFAS第157号では、複数の市場が存在する場合に、公正価値による測定において参照すべき市場は「主要な市場」であり、主要な市場が存在しない場合には「最も有利な市場」を用いることとされている。 一方、IASB EDでは、報告企業がアクセスできる「最も有利な市場」を用いることが提案されている。
わが国には参照市場に関する一般的な考え方は示されていないが、取引所に上場されている金融資産の市場価格は、原則として取引所における取引価格とするとされ、複数市場への上場の場合には、「最も活発に行われている取引所」の取引価格を用いるものとされている。
わが国では、一般的な参照市場の考え方は示されていないため、SFAS第157号またはIASB EDのいずれのアプローチが採用されるとしても、国際的な会計基準と同様の考え方を取り入れる方向で検討してはどうかと考えられる。

論点1-1-4 出口価格の概念(第23項~第28項)

国際的な会計基準の取り扱い わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
公正価値の定義に基づく価格は「出口価格」であるとされており、この出口価格は、市場参加者の観点から見た、資産に関連する将来キャッシュ・インフローおよび負債に関連する将来キャッシュ・アウトフローについての現在の期待を具体的に示すとされている。
金融資産の公正な評価額について、取引の当事者が、当該金融資産の取得・売却によりまたは取組・決済のために、その時点でキャッシュ・フローとして受け取る価額または支払う価額であるとされている。
わが国においては、時価につき入口価格と出口価格の両方に言及しているが、公正価値の概念を整理する上では、国際的な会計基準の考え方と同様に出口価格に統一する方向で検討してはどうかと考えられる。

論点1-1-5 ビッド・アスク・スプレッド(第29項~第31項)

国際的な会計基準の取り扱い わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
ディーラー間市場における場合など、公正価値測定のためのインプットが、ビッド(いわゆるディーラーの買取価格)とアスク(オファー)をベースとする場合は、原則として、そのスプレッド間の「公正価値を最も表している価格」を用いるものとされる。
非上場デリバティブの時価評価における留意事項として、インターバンク市場等の気配値がある場合で売り気配と買い気配の幅が小さいときにはそれらの仲値を用いてもよいが、幅が大きい場合には、資産は買い気配、負債は売り気配を用いることが望ましいとされている。
スプレッドが大きい場合には、必ずしも仲値が公正価値を表すとは限らず、一様に仲値を公正価値とすることは適切ではないと考えられ、国際的な会計基準と同様に、ビッド・アスク間の「公正価値を最も表している価格」を報告企業が判断する方向で検討してはどうかと考えられる。

論点1-2 当初認識時における公正価値(第32項~第37項)

国際的な会計基準の取り扱い わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
概念上、出口価格と入口価格とは異なるものの、多くの場合において、取引価格は出口価格に等しく、当初認識時の公正価値を表すとされている。しかし、例えば、関連当事者間の取引の場合、強制取引等の場合、取引価格と会計単位または参照市場が異なる場合などでは、取引価格が当初認識時における公正価値を表さないとされている。
金融資産または金融負債の売買等を行う場合、当該取引は時価に基づく等価交換により行われるとされており、また、時価が取引価格と異なる場合には、当該差額は、その取引の実態に応じて処理するとされている。しかし、当該規定は低廉譲渡等のように時価と取引価格が著しく異なる場合が想定されているものと考えられる。
国際的な会計基準における取引価格が当初認識時の公正価値を表さない場合は、公正価値の定義の構成要素を満たさないときなどが個別に示されており、同様の例示を取り入れる方向で検討してはどうかと考えられる。
なお、取引価格が公正価値と相違する場合の会計処理の検討は、本論点整理の対象外である。

論点1-3 資産または負債に固有の属性(第38項~第48項)

論点1-3-1 資産の売却や使用に関する制限および取引費用の取り扱い(第39項~第43項)

国際的な会計基準の取り扱い わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
公正価値測定に当たって考慮すべき資産または負債固有の属性として、資産または負債の売却や使用に関する制限(譲渡制限など)が示されている。
また、取引費用は、市場における資産売却または負債移転のための費用であり、取引形態により異なるため、取引固有のものであるとされている。そのため、取引費用は、公正価値測定に含めないものとされている。
金融商品実務指針等において、期末時点で保有している金融資産を時価評価する場合、その時価には取得または売却に要する付随費用を含めないとされている。ただし、その理由として、資産または負債固有の属性か否かという視点が必ずしも考慮されているわけではないと考えられる。 資産・負債固有の属性を公正価値測定に際して考慮することや、当該属性が市場参加者に移転するか否かにより判断することは適切と考えられる。
また、取引費用について、国際的な会計基準では取引に固有のものという観点から含めないとしており、わが国においてもこのような考え方を取り入れる方向で検討してはどうかと考えられる。

論点1-3-2 負債の公正価値測定における不履行リスクの取り扱い(第44項~第48項)

国際的な会計基準の取り扱い わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
不履行リスク(例えば、デフォルト・リスクなど)は負債を移転する場合の価値に影響するため、負債の公正価値に反映しなければならないとされている。このリスクには、報告企業自身の信用リスクのほか、義務が履行されない可能性に影響を及ぼすその他のリスクも含まれる。
非上場デリバティブ取引により生じる正味の債務に関して、企業自体の信用リスク(契約不履行等により損失を被るリスク)を、原則加味するとされている。
なお、公正価値で測定する負債の範囲について、デリバティブ取引により生じる正味の債務を除き、時価評価の対象としないことが適当とされている。
負債の公正価値測定に不履行リスクを含めることは、わが国の会計基準と国際的な会計基準における考え方に大きな差異はなく、負債の公正価値測定に不履行リスクを含めるべきと考えられる。
なお、どの負債を公正価値で測定するのかについては、本論点整理の対象外である。

論点1-4 取引量に応じた割引・割増要素の取り扱い(第49項~第59項)

国際的な会計基準の取り扱い わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
SFAS第157号では、レベル1金融商品の公正価値について、ポジションの大きさ(大量保有要因)による価格調整を禁止しており、IASB EDにおいてもおおむね同様である。
また、支配プレミアムのような割増要素の取り扱いにつき、SFAS第157号およびIASB EDでは明示的に記載されていないが、SFAS第142号「のれん及びその他の無形資産」では、支配プレミアムを含めることが認められており、IFRS第3号「企業結合」でも同様の考え方が示されている。
大量保有要因について明示的に禁止されていないため、実務において、銘柄の属性やストラテジーに応じて流動性の調整を行っているケースがある。
また、企業結合における支払対価が現金以外の資産の引渡し、負債の引受けまたは株式の交付の場合には、支払対価となる財の時価と被取得企業または取得した事業の時価のうち、より高い信頼性をもって測定可能な時価で算定するとされており、支配プレミアムを時価の算定に含めることが認められていると考えられる。
大量保有要因による流動性コストの調整について、国際的な会計基準のように当該調整が企業固有または取引費用に準ずると考えた場合は、明示的に禁止することが適切であると考えられ、同様の取り扱いとする方向で検討することと考えられる。
また、支配プレミアムについては、わが国における取り扱いと国際的な会計基準における取り扱いに違いはないと考えられる。

論点1-5 最有効使用の仮定に基づいた公正価値測定(第60項~第64項)

国際的な会計基準の取り扱い わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
公正価値測定は、測定日において、物理的に可能で、法的に許容され、財務的に実行可能な資産の使用を考慮に入れた、市場参加者による資産の最有効使用(資産または資産グループの価値を最大化すると市場参加者が想定する使用)を仮定するとされている。 金融商品会計基準では、最有効使用の仮定については明示されていないが、賃貸等不動産時価開示適用指針では、合理的に算定された価額として、最有効使用の考え方に基づく「不動産鑑定評価基準」(国土交通省)による方法が示されている。 国際的な会計基準における最有効使用の考え方は、複数の代替的使用が行われる可能性がある場合に適用される概念とされている。わが国も不動産について最有効使用の考え方を取り入れており、大きな差異はないと考えられる。

4. 論点2 公正価値の測定方法(第65項~第90項)

論点2-1 公正価値のヒエラルキー(第65項~第77項)

国際的な会計基準の取り扱い
わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
公正価値測定の透明性・比較可能性を高めるために、インプットが三つのレベルに分類され、優先順位付けされる。
上記インプットを用いて測定された公正価値は、そのレベルに応じて、3段階の開示のヒエラルキー(図表)に分類される。
わが国では、国際的な会計基準のようなすべての公正価値測定に適用する単一のヒエラルキーがなく、個々の会計基準等で時価の算定方法が定められている。金融商品の時価算定の取り扱いは、市場価格に基づく価額と合理的に算定された価額の2層構造となっている。 公正価値のヒエラルキーを導入することにより、公正価値測定の透明性・比較可能性が高まるという意見もあり、わが国においても当該ヒエラルキーを導入する方向で検討してはどうかと考えられる。
図表 公正価値の開示ヒエラルキー
レベル1 同一の資産又は負債について活発な市場における無修正の公表価格を用いた公正価値
レベル2 他の観察可能なインプットを主に用いた公正価値
レベル3
観察不能なインプットを主に用いた公正価値

論点2-2 市場が活発ではなくなった場合における公正価値測定(第78項~第90項)

論点2-2-1 市場が活発ではなくなった場合における公正価値測定(第79項~第86項)

国際的な会計基準の取り扱い
わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
活発でない市場の判断、秩序ある取引か否かの判断および市場が活発でなくなった場合における公正価値測定について、その詳細なガイダンスが示されている。 実際の売買事例が極めて少ない金融資産や、売手と買手の希望する価格差が著しく大きい金融資産は、市場価格がないまたは市場価格を時価とみなせないと考えられるため、このような場合の時価は、基本的に合理的に算定された価額によるとされている。 わが国の考え方と国際的な会計基準の考え方に大きな差異はないと考えられるが、その取り扱いをより明確化するため、国際的な会計基準において示されているガイダンスについて、今後さらに検討する必要があると考えられる。

論点2-2-2 ブローカー等の公表価格の利用(第87項~第90項)

国際的な会計基準の取り扱い
わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
市場が活発ではなくなった場合に、企業がブローカー等から提供された公表価格を用いるに当たっては、当該価格が秩序ある取引を反映した現在の情報に基づいているか、または、市場参加者の仮定を反映した評価技法に基づいているかを評価しなければならないとされている。 ブローカーから入手した価格は、自社における合理的な見積もりが困難な場合に、簡便的にその価格を合理的に算定された価額とすることができるとされており、この場合のブローカーは客観的に信頼性がある者で、企業から独立した第三者であることが必要であるとされている。 わが国では、ブローカーの属性により価格の信頼性などを判断するが、自らの責任で使用し、必要に応じて時価の妥当性を判断するとされており、価格そのものの信頼性や性質を問題としている国際的な会計基準の考え方と大きく異なるものではないと考えられる。

5. 論点3 公正価値測定に関する開示(第91項~第97項)

国際的な会計基準の取り扱い
わが国の会計基準の取り扱い 今後の方向性
SFAS第157号およびIASB EDでは、公正価値測定額、ヒエラルキー別の公正価値測定額、レベル3資産・負債の調整表などの開示が定められているが、その開示項目は同一ではない。
また、開示対象に関して、IASB EDでは、公正価値が注記されている資産及び負債についても、ヒエラルキー別金額を開示しなければならないとされている。
金融商品時価開示適用指針では、原則として、貸借対照表の科目ごとに貸借対照表日における時価およびその算定方法等を注記するとされている。
また、金融商品の時価等に関する事項についての補足説明には、金融商品の時価に関する重要な前提条件などが含まれるものとされている。
公正価値のヒエラルキー別の開示を導入することにより、透明性・比較可能性が高まるという意見もあるため、わが国においても当該ヒエラルキー別の開示を導入する方向で検討してはどうかと考えられる。
また、その際の具体的な検討事項として、論点整理第96項に5つの項目が挙げられている。

6. 付録

付録Aでは、IASB EDにおける開示例が示されています。また、付録Bでは、わが国の現行の会計基準等において示されている、主な時価の算定方法が抜粋されています。

本稿は「『公正価値測定及びその開示に関する論点の整理』の公表」の概要および主な論点を記述したものであり、詳細については、以下の財務会計基準機構/企業会計基準委員会のウェブサイトをご参照ください。

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