出版物 / 刊行物 / 調査資料
情報センサー2017年11月号 Trend watcher

株式売買契約書に対する公認会計士等の業務について

EYトランザクション・アドバイザリー・サービス(株)
公認会計士 米国公認会計士 神林 健
1997年に公認会計士2次試験(日本)に合格し、主に大手電機メーカーの監査業務に従事。新日本有限責任監査法人では、監査業務の他にIPO支援や業務改善に係るコンサルティング業務などに従事。2005年に慶應義塾大学 経営管理研究科でMBAを取得後、EYグループに復帰して10年以上にわたりクロスボーダー案件を含むM&Aのサポート業務に従事している。

Ⅰ はじめに

M&Aの専門家として財務デューデリジェンス(以下、財務DD)などを実施する公認会計士等は、株式売買契約書(Sale and Purchase Agreement:SPA)の作成を支援する業務を依頼されることがあります。本稿では事業会社においてM&A業務に携わる担当者を対象として、買い手側の支援を前提とした業務内容を紹介いたします。

Ⅱ SPAに関する具体的な支援内容について

SPAとは、売り手の株式を買い手に譲渡する際の取り決めに関して、両者の間で締結される契約書のことであり、一般的には主に<表1>の項目が定められることになります。


表1 SPAの主なフレームワーク(公認会計士等の観点から)

SPAの作成を主に支援する専門家は、弁護士等(法務デューデリジェンスも合わせて担当することが多い)およびM&Aプロセス全般をクロージングまで支援するフィナンシャルアドバイザー(以下、FA)になります。弁護士等は主に法務的な観点からSPAのドラフト作成を含めた支援をするのに対して、FAはより包括的な観点からSPAの作成支援を実施します。一方、公認会計士等によるSPA支援業務は、主に①会計用語など定義に関する支援②価格調整メカニズムに関する支援③表明・保証条項に記載する内容の支援④補償条項に記載する内容の支援などを中心として、限定的な項目に集中して支援するケースが多くなります。財務DDで指摘される項目は、株式売買価格を算定する際に考慮される内容もありますが、不確実性の高い項目について損害が顕在化した場合にのみ売り手へ負担を求める補償条項を記載するなど、SPAへ記載することによって買い手の利益を確保(またはリスクを回避)する対応が望ましい項目もあります。前記①から④のうち、公認会計士等の専門性が最も発揮されるのは、②価格調整メカニズムに関する支援になります。なお、①の定義に関する支援には、価格調整メカニズムの方法や前提等の内容も含まれます。

Ⅲ 価格調整メカニズムについて

価格調整メカニズムとは、対象会社の株式価値算定時点(評価基準日)と取引実行日(クロージング日)が異なることに伴う株式売買価格の調整を言います。一般的な価格調整の方法は、ネットデットおよび運転資本の変動による調整、純資産の変動による調整などがあります。クロージング後の運営に支障が出ないように期間内の資本的支出の水準(予算額と実績額との差額)についても補完的に調整項目に含める実務も見られます。特に議論になりやすい内容としては、ネットデットや運転資本の定義、恣意(しい)性が介入しやすい引当金等(売上債権や在庫に関する内容を含む)の計上額、適用する会計基準等になります。公認会計士等は適切な支援業務を行うため、財務DDで対象会社の財務数値や各勘定科目の特性等を十分に把握した上で、当該支援業務を実施します。なお、価格調整メカニズムを考慮する際は、各項目の定義や記載内容の背景を理解するだけでなく、スキームおよびDCF・マルチプルなどバリュエーションに関する理論の妥当性等を意識しながら、買い手に有利な(または不利にならない)方法を常に模索します。

Ⅳ コンプリーションアカウントの作成と調停プロセスについて

取引実行日を経たのち、SPAで決定した調整項目の具体的な数値(評価基準日と取引実行日の数値の比較)を確認し、価格調整する金額を算出する作業(コンプリーションアカウントの作成)が必要となります。当該作業は買い手が実施することを売り手との間で決定して実行する例が多くありますが、SPAに規定された制限条項が実施されていないことの確認、会計基準および会計方針が継続的に適用されていることの確認、価格調整に係る項目につき恣意的な数値の操作が行われていないことの確認などを合わせて実施する必要があります。なお、会計処理については、一つの取引事象に対して唯一の処理を求める性質のものではないため、財務DDを実施した公認会計士等の専門的な知見を生かし、コンプリーションアカウントの作成支援を求めることも有意義と思われます。
価格調整する金額について、買い手と売り手の見解に相違が生じて解決しない場合、調停プロセスに入り、第三者である公認会計士等が検証して確定させる手続きが必要となる可能性があります(<図1>参照)。日本では調停プロセスを経るケースは非常にまれですが、M&A実行後の買い手と売り手の関係性を考慮した場合、調停プロセスまで至らずに解決することが望ましいケースが多いと思われます。そのためには、ネットデットの変動のみを調整項目とするなど複雑な価格調整メカニズムにしない、そもそも価格調整を実施しないロックドボックス方式を採用する(欧州案件を中心に採用されている)などの対応も考えられます。

(下の図をクリックすると拡大します)

Ⅴ おわりに

SPAの作成支援業務については、M&Aに関する過去の実務経験が非常に役立つ分野です。財務DDで発見された懸念点は、SPAに記載することにより買い手がリスク回避できる可能性があります。また、SPAの作成はM&A実行の最終フェーズにおける総括的な作業と言えます。よって、SPAへの記載方法および記載内容の検討は極めて重要な買い手の課題であり、十分な知識と豊富な経験を有する公認会計士等の支援が効果的です。


  • JGAAP、USGAAP、IFRSなど

情報センサー 2017年11月号