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情報センサー2016年12月号 マーケットインテリジェンス

デジタル技術が意識されなくなる日

マーケッツ本部 マーケッツ推進部 シニア・インダストリー・アナリスト 城 浩明
証券系研究所および証券会社における証券アナリスト業務、投資銀行部門での業界調査・案件開発業務など、電機・精密、機械など加工産業を中心とした25年間の企業調査業務を経て、2014年2月より現職。マーケッツ本部 マーケッツ推進部の業界アナリストとしてテクノロジー、自動車などの業界を担当。日本証券アナリスト協会 検定会員。

Ⅰ イノベーションは既得権への脅威か

今春、深層学習(ディープラーニング)を活用した人工知能(AI)が、囲碁のトップ棋士に勝利したことが話題になりました。この人工知能の急速な進歩を示す象徴的な出来事と前後して、人工知能が人間の知能を凌駕(りょうが)するといわれる特異点(シンギュラリティ)が話題に上り、人間の仕事が人工知能に奪われるといった特集が経済誌に載るなど、「脅威論」が散見されるようになりました。
人工知能に限らず、インターネットやクラウド、IoT(Internet of Things)やIndustry4.0といった言葉で代表されるデジタル技術が、破壊的な変革をもたらすと喧(けん)伝されています。
こうしたイノベーションは、旧態依然とした仕組みを「力ずくで」変化させる力があるという意味では、既得権者にとっては脅威であるかもしれません。蒸気機関の発明による工業化や、電信や電話の普及による情報伝達のスピードアップ、コンピューター、電子メールやソーシャルネットワークシステム(SNS)の登場なども含め、人間の行動様式、社会や組織の仕組みや制度を大きく変化させたことは歴史的事実です。
こうしたイノベーションは生産性を飛躍的に拡大させて所得を増やし、生活をより豊かにするという側面で、大きな貢献をしてきました。実際に、失われる雇用や社会厚生以上の新しい雇用や付加価値を生み出してきたのではないかと思います。イノベーションは、変化に直面する人々には多少の成長痛を与えるものの、社会をより豊かにするものです。ダーウインの進化論を引き合いに出すまでもなく、変化を厭(いと)わないことが「適者生存」に必要なことなのです。

Ⅱ デジタル技術のインフラ化

IoTやインターネットに代表されるデジタル技術の特色は、情報の完全な複製と可搬性の高さです。物理量/連続量としてのアナログ情報は、かつてのレコード盤やフィルム写真のように、物理的な「モノ」を介して伝達され、複製も持ち運びや保管も困難でした。
離散量としてデジタル化されたデータは、情報量が劇的に減少することを代償に、完全な複製と可搬性の高さを手に入れ、音楽配信やデジタル写真の共有を可能にしているのです。
ここにさらに無線通信インフラの充実や、センサー等の小型化・省コスト化、クラウドの普及などによって、そうした情報を大量に、かつリアルタイムに処理することが可能になり、サイバーフィジカルシステム(CPS)という考え方が提案されています。このIoTと同義の言葉は、IoTが現実世界のモノにセンサーを取り付けた「センサーネットワーク」を意識した言葉であるのに対して、インターネット等の仮想空間(サイバー世界)での情報処理の視点から、同じことを表した言葉だと解釈されています。
すなわち、センサー等を組みこんだ現実のモノ世界は、人間でいえば感覚器官を持つ手足であり、情報を蓄積・処理し、判断・指令を出すサイバー空間は、人間の脳に当たるものと考えれば分かりやすいと思います(<図1>参照)。

(下の図をクリックすると拡大します)

情報通信技術の進歩により、脳に当たるサイバー世界の情報処理・フィードバックがリアルタイムに近い速度で可能になったことによって、あらゆる現実世界のものの状況が、「ほぼ」リアルタイムで情報化され、可視化することができるようになっているのです。

Ⅲ デジタル版リーン生産方式がIndustry4.0

日本の製造業において、代表的な生産管理・効率化手法であるリーン生産方式では、作業工程の「可視化」を行い、それを「工程と情報の流れ図」に落とすことで問題点を探し出し、カイゼン方法を検討することになります。
この際の可視化において、IoT/CPSといった情報通信技術は極めて有効な手段になると考えられます。従来は、工程をいちいちビデオ撮影し、ラインを流れる加工物を確認する必要がありました。デジタル技術を使うことによって、そうした作業がより効率的に行えるようになったのです。
日本企業は、以前から現場の「カイゼン」活動に秀でており、ジャストインタイムやカンバン方式といった生産管理手法を工夫してきました。指示を出す「アンドン」は今日では、コンピューターのディスプレイに移行し、管理システムと連動したサイバー世界とリンクし始めています。
他方、米国企業は人工知能の開発も含めてサイバー世界の技術に秀でているとされていますが、現場・現物については必ずしもノウハウを有していません。こうした中で、サイバー世界とフィジカル世界を結び付けて処理しようとしているのが、ドイツが国を挙げて提唱しているIndustry4.0であると解釈することもできます。
CPSの視点に立つと、Industry4.0は情報通信技術を取り込んだリーン生産方式のデジタル化/現代化であり、正常進化と呼べるのです。
製造現場でもデジタル技術は脅威ではなく、可視化の重要な手段になると考えられます。導入当初は、既存の仕組みとの摩擦があるかもしれませんが、それを克服したところでは、さらなる効率化の糧になると考えられます。


情報センサー 2016年12月号