出版物 / 刊行物 / 調査資料
情報センサー2015年10月号 EY Institute

投資家から求められる経営計画と外部環境把握の重要性

EY総合研究所(株) 未来社会・産業研究部 エコノミスト 鈴木将之
シンクタンクを経て、2014年3月、EY総合研究所(株)に入社。専門はマクロ経済分析、計量経済学、産業連関分析。これまで、中期日本経済予測をはじめとして、日本経済の構造分析、計量分析に従事。現在、日本経済の研究・調査を行う。

EY税理士法人 移転価格部 高垣勝彦
大手外資系金融機関において、株式、投資銀行業務に従事した後、EY税理士法人 移転価格部へ入所。製薬、化学企業を中心に2国間事前確認制度(APA)、税源浸食と利益移転(BEPS)、無形資産価値算定などの移転価格業務に従事。2014年にEY総合研究所(株)のエコノミストとして転籍、15年7月EY税理士法人に帰任。

Ⅰ はじめに

今年6月に適用が開始されたコーポレートガバナンス・コードは、基本原則3-1「情報開示の充実」において、上場会社が法令に基づく開示を適切に行うこと、経営戦略や経営計画などの非財務情報を開示し、主体的な情報発信を行うこと、を求めています(<表1>参照)。一方、経済のグローバル化に伴い、日本企業の海外進出も加速していることから、企業経営がさまざまな外部環境(競合他社との競争環境、経済環境やリスクなど)に影響されるようになっています。今後、ますますグローバル化が進むと予想される中では、企業が経営戦略や経営計画など(以下、中期経営計画)について情報を開示し、投資家と対話する際において、その外部環境を共有する重要性がさらに高まると考えられます。

(下の図をクリックすると拡大します)


本稿では、最初に投資家の視点から、企業が想定する外部環境を開示する重要性を解説します。その後、実例を紹介した上で、投資家から求められる中期経営計画とその前提となる外部環境を分析し、企業価値の向上につながる外部環境の把握の方法を探ります。

Ⅱ 中期経営計画の開示と資本市場の効率性

なぜ、投資家にとって、投資先企業の中期経営計画やその前提となる外部環境の開示が重要なのでしょうか。例えば、ある企業が3カ年の中期経営計画において、利益率を最終年度までに5%から10%まで引き上げる目標を掲げ、そのための施策を示したとします。一方、目標の設定に至った理由や、想定している外部環境についての情報を開示していないとします。
この場合、投資家の立場から、この利益目標を評価することは困難です。なぜなら、その目標が外部環境の追い風に乗るだけで容易に達成できるものなのか、それとも厳しい外部環境の中で相当なリスク・テイクを要求されるのか、投資家には分かりにくいからです。
また、当初の利益目標を達成できなかった場合に、企業が「想定していた外部環境が変化した」と説明しても、投資家は、事前に前提となった外部環境を知らなければ、その説明が妥当かどうか判断できません。そのため、中期経営計画において外部環境を開示することによって、判断の基準を提供することが欠かせないといえます。
このように、企業と投資家の間で情報の非対称性が大きくなると、資本市場の効率性を低下させかねません。また、資本市場の信頼性を確保する点からも、中期経営計画とその前提となる外部環境については、コーポレートガバナンス・コードの基本原則3(<表1>参照)で言及されている通り、「適切な情報開示と透明性の確保」が求められます。

Ⅲ 中期経営計画の開示状況

実際に、どのくらいの企業が、中期経営計画において、自社を取り巻く外部環境を示しているのでしょうか。TOPIX100(金融・保険を除く)採用企業を対象に調べると、調査対象企業のうち、約80%の企業が中期経営計画を策定・開示しています(<図1>参照)。その一方で、外部環境について記述している企業は、半数に満たない42%にとどまります。


図1 主要企業の中期経営計画の開示状況と外部環境の記述

外部環境の記述として多かったのは、経済環境、資源価格や人口動態でした。例えば、経済環境は、足元から先行きにかけての国内・海外の景気動向です。これは主に、売上高見通しを作る際の需要動向を把握するためのものとみられます。また資源価格は、資源エネルギー関連企業での記述が多かった項目です。これらの産業では、海外から原材料として資源エネルギーを輸入しなければならないので、コストとして企業収益の見通しに直接的に影響を及ぼします。また、長期的な視点から人口動態を考慮している企業もありました。人口動態の変化は、現在の需要に加えて、潜在的な需要の獲得を考える上で重要です。国内との対比で、海外の人口増などによるマーケット拡大、それに対する対応策を策定する際の手かがりとされています。
それでは、具体的に、企業は中期経営計画において、どのように外部環境を想定して、事業戦略を立てているのでしょうか。次節では、例として、4社の中期経営計画を考えてみます。

Ⅳ 中期経営計画の事例

ここでは、企業の中期経営計画における外部環境の認識や前提についての記載から、その背景と企業の狙いを考えてみます。前述のTOPIX100社のうち、中期経営計画に、外部環境と取り組みの関係の説明に係る包括的な開示があった4社についてみてみましょう。

  • ケースA社

    グローバル展開するA社は、総合商社という業態もあり、長期的な外部環境の分析から、中期的な取り組みを導き出している。例えば、新興国経済の成長により、中長期的にエネルギー需要が拡大するという外部環境を前提に、非在来型エネルギーという切り口で、資源・エネルギー上流ビジネスの見直しが、企業の成長戦略に位置付けられている。また、新興国の人口増や経済成長に伴う内需の拡大・所得の向上による消費者の嗜好(しこう)の変化という外部環境から、食糧需給関係の崩れと生産性向上ニーズの高まりを想定し、その対策が有望ビジネスとして全社育成分野の一つに挙げられている。
  • ケースB社

    国内の不動産業B社は、長期的な視点から国内市場への展開を課題にしている。例えば、国内の少子高齢化や都市部への人口集中という外部環境を想定することで、需要の質が変化するので、新たな成長分野が誕生するとみている。例えば、国内市場が成熟化するにしたがって、商業・住宅地開発においても、環境との共生や健康・長寿とともに新産業創出が求められるようになっている。例えば、スマートシティーなどの街づくりの取り組みや少子高齢化に加えて、都市部への人口流入に対応した物流施設の拡充などが重視されている。また、グローバル事業でも、商業・住宅開発などを積極化したり、街づくりへの主体的な参画を進めたりする一方で、海外顧客の日本展開に対するソリューション提供なども拡充するとしている。
  • ケースC社

    食品メーカーのC社は、複線化するライフスタイルを外部環境として想定。その上で、おいしさ、簡便さ、過剰・不足栄養の解消などの軸によって多彩な商品を開発することを中期経営計画で掲げている。グローバル事業でも、新興国などの所得向上とライフスタイルの変化を見越しており、地域カスタマイズや独自ローカル商品の開発を進めることを計画している。さらに、高齢化などのライフサイクルの変化を捉えて、企業が持つ先端技術と外部との共同研究を進めることで、医薬・医療分野への進出も加速させる計画を進めていく予定。
  • ケースD社

    住宅設備・機器メーカーのD社は、海外経済の成長や各国の環境政策の加速に加えて、エネルギー・電力事業の変化を外部環境として想定。その想定から、大きなトレンドとして、自社が属する業界の製品への需要は根強く、ここ20~30年間は利用拡大が進むこと、また、エネルギーの多様化が進むことを導き出している。また、エネルギー効率を上げるためにベストミックスを構築して、それを提供していくことと同時に、環境や安全を軸にした商品力を高めていくことを目標にしている。

これら4社における中期経営計画と外部環境の把握の関係を図示したものが<図2>です。各社とも、自身が想定する外部環境を明らかにして、それを前提とした成長の枠組みを示すことで、投資家との対話を深めようとしていると考えられます。

(下の図をクリックすると拡大します)


なお、中期経営計画は企業の成長を目指したものであるため、プラスの要因が多く記載される傾向があります。例えば、新興国の経済成長は、現地の消費者の購買力を高めるので、現地需要が拡大するという解釈になりがちです。
一方で、新興国の経済成長の中では、日本企業と競合する現地企業も成長するため、競争条件が激しくなる恐れもあります。現地需要の拡大については、現地企業との競争にどのように対応していくのかという視点を織り込む必要があると考えられます。その他の外部環境にも、企業にとってプラス面とマイナス面の両面があることは事実です。メインシナリオとしての成長戦略とともに、リスクシナリオを想定して、成長を目指す中期経営計画が重要です。
また、企業が中長期的な成長を目指していく上で必要なのは、人口減少など中長期的な外部環境の変化の中で、この3~5年間の中期経営計画で何に取り組み、何を改善させるのかという課題と対応策を明確にした中期経営計画です。課題と対応策が明確に結びついて初めて、投資家はその中期経営計画と企業の経営を評価できるといえます。

Ⅴ おわりに

本稿では、中期経営計画の前提となる外部環境の把握と開示の意義について、具体的な事例と合わせて分析しました。
その結果から再確認できたことは、中期経営計画において、企業が自社の事業領域と今後想定される外部環境の変化のベクトルを合わせて、それを投資家に開示して対話を進めることの重要性です。その一連の作業によって、企業自らが想定した事業計画の妥当性を高め、企業と投資家の認識のベクトルも合わせることを通じて、結果的に企業価値を高めることが期待されます。
このように、企業が想定している外部環境を開示することは、投資家にとっても「適切な情報開示と透明性の確保」の観点から、積極的に取り組むべきだと考えられます。


情報センサー 2015年10月号