最近、バランスト・スコアカードに関する質問をよく受けています。BSCが誕生して約20年が経過しました。その間、各種の調査では、わが国の上場企業でBSCを導入しているのは、いずれの調査でも回答企業の10%程度という結果が出ており、さほどBSCに対する関心は強くないと思っていました。しかし、他方でBSCの考え方を取り入れたいという企業は未だ少なくはないようです。単純に見えるBSCですが、実は作成には結構な手間がかかることはすでに述べてきたところですが、今回は、BSC作成においてしばしば問題となる因果関係あるいは因果連鎖と呼ばれるものについて私の意見を示してみたいと思います。
BSCは戦略マップとスコアカードから構成されています。戦略マップは、4つの視点においてそれぞれ4つから6つ程度の戦略目標と呼ばれる戦略遂行上きわめて重要な事項を明らかにし、戦略のロジックを組織構成員に示します。スコアカードは、それぞれの戦略目標に対して、その達成度を測定する尺度、目標値、戦略的実施項目とよばれるアクション・プランを考えていくものでした。
戦略マップには、戦略目標が設定されて、多くの書物には戦略目標間に関連づけるための線が引かれています。きわめて簡単な一例をあげてみれば、(財務的に成功する)ために(顧客の支持を得る)、顧客の支持を得るために(定時配送を行う)、定時配送を行うために(配送のための情報システムを充実させる)といったことがしばしば言及されています。ここでは、( )内に入っているものが戦略目標です。そして、戦略目標同志は因果連鎖とか因果関係という連携関係をもって作成されなければならないことになっています。
ところで、財務的に成功するための因果連鎖の全体は、誰がどのように考えれば正しい道を教えてくれるのでしょうか?そして、設定した戦略目標同志は、本当に関係性があるのでしょうか?上記の例で言えば、①情報システムを充実させれば、本当に定時配送ができるのか、②定時配送ができれば、本当に顧客の支持を得られるのか、③顧客の支持を得れば、本当に財務的に成功するのか、ということです。
学者の世界では、因果関係という用語の本質論から考えると、上記の関係は因果関係ではないと主張する人がいますが、それはさておき、感覚的に言っても、どうもこの3つのストーリーが正しいかどうかは断言するのは難しいところです。①については、定時配送のために必要な情報をきちんと取れるシステムがなければ言語道断なので、まあ、関係があると言えるでしょう。②はどうでしょうか?製品や商品を販売している企業にとって、定時配送ができることは、確かに顧客の支持を得るためのひとつの要素であることは間違いないでしょう。そこで、次の疑問が生じます。それは定時配送の割合が高まったときに、本当に顧客の支持が高まることになることを証明できるのか、という問題です。ここでは、尺度をいかに取るのか、という点が絡んできます。「定時配送をした割合」という尺度と、「顧客満足度調査の結果」という尺度について相関をとることができるかといったことがしばしば研究されています。もちろん、時間が経過してデータが蓄積されれば、こうした尺度間に相関があるかどうかを確認することはできます。しかし、それは「調査時点より過去に相関関係があったかどうか」を示すものにすぎません。
BSCは、未来の成功図を描くために作られます。これまでにはできていなかったけれども、挑戦的な目標を達成するために作成されるものです。したがって、すでに、戦略目標間に十分な関係性ができあがっているのであれば、それをわざわざ改めて戦略マップ上に描く必要があるでしょうか?
BSCを作成するときに陥りがちな間違いのひとつに、「今やっていることを戦略マップ上に描く」ということがあります。BSCは、チャレンジングな中期目標を設定し、そこに向けていかに組織を作り込んでいくかを示す未来図のようなものであると私は解釈しています。ですから、その時点で考えられる最善と思われる策を練っていかなければならないわけで、それこそがBSCの中心的な考えになる、というのが私がこれまでBSCを研究してきた結論です。戦略は、後日になれば正しかったか間違っていたかを批判することはできるでしょうが、それを策定しているときには誰にも評価できません。先の例で言えば、定時配送が決定的に顧客の支持に効いてくるという企業とそうでない企業があることは確かです。したがって、現状を十分に考えてみたところ、自分の会社には何をおいても顧客からの支持を得るためには、定時配送こそが絶対に必要なのだという確信を持った。しかし、今はできていない。だからこそ戦略マップの中にそれを書き込み、定時配送をするための諸方策について考えるのです。私は、戦略マップは経営者の「決意表明とそれを実行するための道筋」であると思うのです。
そう考えていくと、BSCの構造自体はサイエンスでしょうけれども、そこに書き込むべき内容についてはアートに近いのかもしれません。