新日本有限責任監査法人
国際財務報告基準
(IFRS、国際会計基準)
IFRS Developments

公正価値測定に関する教育文書(案)の公表

2012.11.02
重要ポイント
  • 本ドラフトは、単一で高品質な会計基準が国際的に均質に適用されることを目的としたIFRS財団の教育プロジェクトの一環としてドラフトされたものである。
  • 本ドラフトは、IASBにより承認された、正式なIFRS基準書の一部を構成するものではない。
  • 本ドラフトは、IFRS第13号に基づき非上場株式の公正価値を測定する際の「評価方法(バリュエーション方法)」に関する参考ガイダンスを提供するものであり、公正価値測定の免除を認めたり、公正価値測定の「範囲(レベル感)」に係る指針を提供したりするものではない。
  • 本ドラフトは、非上場株式の公正価値に関する評価アプローチを選択する際の考慮事項のほか、類似会社比準法(マルチプル法)といった一般的な評価手法について、データの取扱いや、適用上の留意事項を多くの設例に基づき提供している。
  • 本ドラフトでは、限られた情報しか入手できない場合における対応や、見落としがちな点についても例が示されており、実務上の参考となろう。

はじめに

2012年10月18日、IFRS財団のスタッフにより、公正価値測定に関する教育文書の第1章(案)(以下、本ドラフト)が公表された。本ドラフトはIFRS第13号「公正価値測定」の原則を適用する際に生じうる数多くの論点を取り扱うものである。今般、公表された本ドラフトは、IFRS第9号「金融商品」の適用対象となる個別の相場価格のない資本性金融商品(非支配持分)(以下、非上場株式)の公正価値測定に関するものであるが、他の章(論点)についても、ガイダンスが完成次第、順次公表される予定である。

本ドラフトはIFRS財団が公表するものであり、IASBによる承認を受けた、正式なIFRS基準書の一部を構成するものではない。なお、最終版公表後も正式なIFRS基準書の一部を構成することはない。

本ドラフトは、利害関係者による本教育文書の理解に資するために公表されたものであり、コメントは求められていない。最終版の公表は、2012年12月の予定である。

目的及び適用範囲

本ドラフトは、財務報告(より具体的にはIFRS第13号)における評価技法の適用をハイレベルな観点から説明したもので、(有資格か否かに関わらず)社内で公正価値測定を担当している者が評価にかかわる基本的な概念を理解することを目的としたものである。よって、評価にかかわる包括的なガイダンスの提供を目的とするものではなく、実務で必要なすべての重要な手順を説明しているわけではない。

本ドラフト中のガイダンスは、非上場株式の当初測定及び事後測定の両方に適用することができるが、(他の基準書で定義される)重要性も検討すべき事項である。たとえば、IAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」では、重要性がない場合には各基準の会計方針を適用する必要はないと明記されている。

評価技法

本ドラフトは特定の評価技法の使用を求めるものではない。合理的に入手可能なすべての事実と状況を考慮したうえで専門的な判断を行い、適切な評価技法を選択することになる。

評価には重要な判断が求められ、また使用するインプット(及び当該インプットに対する調整)が評価技法によって異なることもあるため、その評価結果は異なる可能性がある。IFRS第13号は、複数の評価技法の使用を明確には求めていないが、事実及び状況によっては、評価結果を比較し、最も適切な評価技法を選択するために複数の評価技法の検討が求められる。

限られた情報しか入手できない状況においても、IFRS第13号の測定目的に準拠することは可能である。本ドラフトでは、限られた財務情報しか有していない場合であっても、説明されている評価技法を適用することによって、非上場株式の公正価値の算定は可能であることを、例を用いて説明している。

本ドラフトの末尾では、マーケット・アプローチ及びインカム・アプローチ、修正純資産法を適用する際に見落としがちな点も例示している。

本ドラフトでは、以下の3つのアプローチが紹介されている。

評価アプローチ 評価技法
マーケット・アプローチ
(Market approach)
  • 当該投資先の同一又は類似商品に対し支払った取引価格
  • 類似会社比準法(マルチプル法)(Comparable company valuation multiples)
インカム・アプローチ
(Income approach)
  • 割引キャッシュ・フロー法(Discounted cash flow method)
  • 配当割引モデル(Dividend discount model)
  • 一定成長率DDM(Constant-growth DDM)
  • 資本化モデル(Capitalization model)
混合アプローチ
  • 修正純資産法(Adjusted net asset method)

マーケット・アプローチ

マーケット・アプローチでは、同一又は類似資産に係る市場取引によって創出された価格又は他の関連する情報を利用する。多くの方法や技法が当アプローチと整合するが、本ドラフトでは以下の2つの技法が説明されている。

  • 当該投資先が発行した同一又は類似商品に対し支払った取引価格
  • 公表価格又はM&Aなどの取引時に支払った価格を用いる、類似会社比準法(マルチプル法)

マルチプル法は以下のステップから構成され、またアーニング・マルチプル、純資産マルチプル及びレベニュー・マルチプルに分類されることが多い。

ステップ1:類似会社の特定
ステップ2:投資先の業績値及び適切な評価倍率の選択
ステップ3:投資先の業績値に対する評価倍率の適用
ステップ4:ステップ3によって得られた公正価値に対する適切な調整の実施

以下のような設例により、マーケット・アプローチが説明されている。

設例 内容
当該投資先の同一又は類似商品に対し支払った取引価格
設例1 評価モデルの調整(calibration) IFRS第13号第64項の説明
設例2 当該投資者により同一商品に対して支払われた取引価格 当該投資者による過去の取引価格が測定日時点の公正価値を表すか否か
設例3 他の投資者により同一商品に対して支払われた取引価格 他の投資者による取引価格が測定日時点の公正価値を表すか否か
設例4 他の投資者により類似商品に対して支払われた取引価格 他の投資者に対し発行された優先株式から、当該投資者が保有する普通株式の公正価値を導出する
類似会社比準法(マルチプル法)
設例5 評価倍率の選択 マルチプル法のステップ2(計上されている無形資産の影響の除去)を説明したものである
設例6 評価倍率の選択 マルチプル法のステップ2(投資先と類似会社の減価償却方針の差異に対するアプローチ)を説明したもの
設例7 マイノリティ・ディスカウント マルチプル法のステップ4(支配の取得を伴う取引から支配プレミアムを算出する)を説明したもの
設例8 類似会社の評価倍率の適用 マルチプル法のステップ4(非上場株式の非流動性に対する調整(非流動性ディスカウント))を説明したもの
限られた財務情報しか利用できない場合
設例9 限られた財務情報しか利用できない場合 最新の経営報告や財務予測を入手できない場合の公正価値測定
設例10 限られた財務情報しか利用できない場合 経営者から得られた情報の利用
設例11 限られた類似企業しか利用できない場合 高度に特化したセグメントで事業を行っている企業に対する類似会社の抽出(類似会社の範囲の拡大)

マーケット・アプローチを採用する上で、留意すべき点として、たとえば以下のようなものを挙げている。

  • 適切な類似会社を選択する
  • エクイティ・マルチプルの導出にあたり、企業価値(EV)評価基準(たとえば、株価/EBITDA倍率)を用いない
  • 評価倍率と投資先の業績値との間の整合性を保つ(たとえば、『過去』のアーニング・マルチプルを『フォワード・ルッキング』な利益に対し用いない)
  • 税引『後』の倍率に税引『前』の業績値を適用しない
  • 投資先と類似会社の間に差異(たとえば、会計方針の差異)がある場合には、評価倍率に対し十分な調整を行う

インカム・アプローチ

インカム・アプローチは、キャッシュ・フローや収益費用の将来額を現在価値に変換する手法であり、典型的な方法は、ディスカウント・キャッシュ・フロー法(DCF法)である。DCF法は、以下の手順で行われ、使用するキャッシュ・フローや割引率、測定方法の相違により株主価値、企業価値の2つの異なった価値が算定されるが、本ドラフトでは、企業価値アプローチのみが取り上げられている。

  • 投資先から将来生じる期待キャッシュ・フローの見積り
  • 予測最終年度のキャッシュ・フローに対して定率成長モデル等を適用することによるターミナル・バリューの見積り
  • 見積もった期待キャッシュ・フローを、貨幣の時間的価値と投資に対するリスクを反映した割引率で現在価値に割り引く。

割引率として最も一般的に用いられるのはWACC(加重平均資本コスト)である。多くの場合、株主資本コストは、CAPM(資本資産評価モデル)により見積られる一方、負債コストを見積るためのアプローチは数多く存在するとされる。

本ドラフトでは、CAPMに関連する、①リスク・フリー・レート、②ベータ(β)、③株式への要求プレミアム(カントリー・リスク・プレミアム等)、④その他の調整、といったパラメーターの見積り及び負債コストの推計方法、WACC及び企業価値の算定方法にくわえ、限定的な財務情報しか入手できない場合に、どのようにDCF法を適用するかについて、以下の設例によりガイダンスを提供している。

設例 内容
株主資本コスト
設例12 投資先ベータの計算 上場類似企業のレバードβに基づく投資先のβの算定(レバードβからのアン・レバードβの計算方法)
設例13 国債のデフォルト・スプレッド 先進国の国債スプレッドとの比較による新興国株式のカントリー・リスク・プレミアムの推計
設例14 対応する標準偏差 先進国の株式インデックス・リターンの標準偏差との比較による新興国株式のカントリー・リスク・プレミアムの推計
設例15 デフォルト・スプレッド及び関連する標準偏差 デフォルト・スプレッド(設例13)に関連する標準偏差(設例14)を考慮した方法
設例16 株主資本コストの計算 投資先の規模リスクを加味した修正CAPMによる株主資本コストの計算
負債コスト
設例17 直近の借入れに基づく負債コストの推計 同等の信用力を有する企業の直近の社債利回りによる負債コストの推計
設例18 実際又は推定信用格付及びデフォルト・スプレッドの参照による負債コストの推計 投資先が信用格付を有していない場合の負債コストの推計
設例19 先進国市場におけるデフォルト・スプレッドの新興国市場への適用 通貨間の期待インフレ率が大きく異なる場合の負債コストの算定
WACC
設例20 WACCの算定 株主資本コスト、負債コスト、最適資本構成に基づくWACCの算定
企業価値
設例21 企業価値を使用するDCF法 FCFF(Free Cash Flow to Firm)及びWACCによる企業価値の算定
限られた財務情報しか入手できない状況
設例22 限られた財務情報しか入手できない状況におけるDCF法の適用 投資先の予算や取締役会議の資料にアクセスできる場合
設例23 限られた財務情報しか入手できない状況におけるDCF法の適用 年次財務諸表以外の財務情報にアクセスできない場合

DCF法による評価における留意事項

本ドラフトでは、DCF法の適用時に犯しがちな誤りについて例示している。以下は、その中の主な内容である。

  • キャッシュ・フローのダブル・カウント又は考慮もれ(たとえば、キャッシュ・フローへの運転資本必要額の算入もれ、長期にわたり非常に高い収益成長率を仮定している一方で資本的支出については比較的小幅な変動を仮定する等)
  • キャッシュ・フローと割引率のミスマッチ。すなわち、FCFF (Free Cash Flow to Firm:株主と債権者の双方に帰属する利払前のフリー・キャッシュ・フロー)を、株主資本コストで割り引く、又は、FCFE(Free Cash Flow to Equity:株主に帰属する利払後のフリー・キャッシュ・フロー)をWACCで割り引く等
  • ターミナル・バリューの算定における不適当に高い成長率の使用
  • 割引率の算定における不適当なリスクフリーレートの使用(たとえば、投資から生じるキャッシュ・フローと異なるデュレーションを持つ国債利回りの使用)
  • WACCの不適切な算定(たとえば、負債と資本の帳簿価額に基づくWACCの算定、仮定されている資本構成に適合しない負債コストの使用)
  • 非流動性ディスカウントの調整もれ

修正純資産法

修正純資産法は、企業の保有する資産と負債の公正価値を参照することにより、企業の公正価値を導く方法である。本ドラフトでは、このアプローチは、以下のような企業に適している又は適している可能性があるとされる。

  • 不動産保有会社や投資会社といった、資産を幅広い事業に展開させるというよりは、主に保有し続けることで価値を生み出す企業
  • 成長のごく初期段階にあるために、資産から十分なリターンを生み出していない、もしくは低水準の利益しか生み出していない企業

本ドラフトでは、修正純資産法の適用について、以下の設例を設けている。

設例 内容
設例24 修正純資産法 自身の成長戦略を有しない、主要な保有資産がオフィスビルである業務代行サービス提供企業に対する修正純資産法の適用

修正純資産法による評価における留意事項

本ドラフトで例示されている、修正純資産法を適用する上での留意事項は以下のとおりである。

  • 投資先の資産・負債を公正価値以外で測定する。たとえば、公正価値が帳簿価額に比べて著しく高い又は低い可能性がある資産を帳簿価額で測定する(たとえば、有形資産の評価における経済的陳腐化の考慮もれ)
  • 未認識無形資産の考慮もれ
  • 売掛金の回収可能性評価のもれ
  • 偶発債務及びその他の未認識債務の考慮もれ(たとえば、未認識コミットメント)
  • 経済的重要性がある場合において、資産の帳簿価額の公正価値への調整により生じる繰延税金の調整もれ

公正価値測定に関する教育文書(案)の原文は、IASBの以下サイトから入手可。
http://www.ifrs.org/Use-around-the-world/Education/FVM/Documents/Educational-material-FVM-Unquoted-equity-instruments.pdf

公正価値測定に関する教育文書(案)の和訳は、ASBJの以下サイトから入手可。
https://www.asb.or.jp/asb/asb_j/iasb/ed/20121018_1.pdf