IASBは、ヘッジ会計に関する新基準の公表を予定しているが、これは、これまで企業が適用してきたIFRSにおける伝統的なヘッジ会計の方法を大きく変えるものである。最終基準のレビュー・ドラフト(以下RD)は、2012年初めにIASBのウェブサイトで90日間にわたり公開される予定である。本稿では、プロジェクトの背景を要約するとともに、新しいヘッジ会計モデルとIAS第39号「金融商品:認識及び測定」における現行の規定との違いを説明する。
ヘッジ会計はなぜ必要なのか
すべての企業は、日々の業務から生じるビジネス・リスクにさらされている。それらのリスクの多くは、キャッシュ・フローや資産及び負債の価値に影響を与えるため、最終的には純損益に影響が及ぶ。これらのリスクへのエクスポージャーを軽減するため、企業はしばしばヘッジ目的でデリバティブ契約を締結する。
IFRSでは、デリバティブは純損益を通じて公正価値で測定することが要求されている。そのため、ヘッジ対象のエクスポージャーが償却原価で測定されている場合、又は財務諸表に計上されていない予定取引である場合、会計上のミスマッチが生じることになる。ヘッジ会計とは、このミスマッチを防ぐためのものである。ただし、ヘッジ関係の非有効部分は純損益に計上される。
新たなヘッジ会計モデルを公表する理由
IAS第39号のヘッジ会計モデルには、複雑な規定や、さしたる根拠もない各種の制限、ならびに負担の重いヘッジの有効性判定の規定が含まれている。このため、経済的なヘッジ関係がヘッジ会計上は適格とならない場合がある。また、適格とされた場合であっても、多額の非有効部分を計上しなければならない場合があり、しばしば純損益の変動性ボラティリティを生じさせる。その結果、財務諸表が、企業がリスク管理目的で行っている取引や活動を反映しなくなってしまうと、作成者や利用者などにとって有用なものでなくなってしまう。IASBは、この問題を新しいヘッジ会計モデルに関するプロジェクトの出発点とした。そのため、企業のリスク管理活動を財務諸表により正確に反映することが当該プロジェクトの目的になっている。
新しいモデルの主な変更点
有効性の評価
IAS第39号の下でヘッジ会計上適格とされるには、ヘッジ関係が有効であることが証明されなければならない。そのためには、明確な数値基準に基づき、過去及び将来の両方について定量的判定を行う必要があるが、これは時に負担の大きい作業となる。新基準では、有効性判定は、より原則主義的になり、かつ、将来に向けてのみ行うことになる。ヘッジは、以下のすべての要件を満たす場合に有効とみなされる。
- 経済的関係により、ヘッジ手段とヘッジ対象は、ヘッジ対象リスクの変動に対し反対方向に動くと予想されていること(すなわち、因果関係と相関関係が存在する)
- 信用リスクの変動による影響が、ヘッジ対象又はヘッジ手段の公正価値変動の大部分を占めるほど大きいものではないこと
- ヘッジ対象及びヘッジ手段のウェイト(すなわちヘッジ比率)は、企業がリスク管理目的を満たすために実際に用いているヘッジ対象及びヘッジ手段の数量に基づいて指定されていること。ただし、そのような指定により、非有効部分を意図的に生み出そうとしている場合を除く。
ヘッジ対象とヘッジ手段が1:1の関係であることは要求されない。しかし、ヘッジ関係が完全なものとは想定されない場合、これを反映するために企業はヘッジ比率を調整しなければならない(すなわち、ヘッジ比率は1:1以外でなければならない)。使用されるヘッジ比率により、ヘッジ対象の変動とヘッジ手段の変動が相殺されることが想定されていなければならない(すなわち、非有効部分が生じることが当初から想定されていてはならない)。
用いられるヘッジ手段及びヘッジ関係の複雑性にもよるが、上記判定は一般的に定性的なものとなる。しかし、実際に生じた非有効部分は純損益に測定及び計上するという規定は維持されている。
リバランスとヘッジ会計の中止
上記で述べたように、新たな提案の主な目的の1つは、原則として会計処理は、企業のリスク管理活動を反映するものでなければならないというものである。そのため、企業があるヘッジ関係についてリスク管理目的を変更する場合(たとえば、ヘッジ手段を売却する、又はデリバティブを他のヘッジ関係に用いる、あるいはトレーディング目的にする場合)、企業はヘッジ会計を中止しなければならない。すなわち、企業のリスク管理目的の変更は、ヘッジ会計中止のトリガーとなる。
これに対し、リスク管理目的に変更がない場合には、ヘッジ会計を継続しなければならない。IASBは、ヘッジ会計を任意に中止することは認められないことを確認している。先に述べたように、ヘッジ対象とヘッジ手段の間に強い関係があるものの、完全ではないと想定される場合には、ヘッジ比率は1:1にはならないことになる。その後、(一時的な変動でなくトレンドとして)その両者の関係が変わった場合、そのような経済的関係の変化を反映するために、企業はヘッジ比率を調整しなければならない。このプロセスは「リバランス」と呼ばれ、形式的なヘッジ関係の指定の取消し及び再指定を行うことなく、ヘッジ関係を継続することができる。
リスク要素
新しいモデルでは、非金融商品のリスク要素を適格なヘッジ対象として指定することができるようになる。これによる便益を最も享受するのは、その価格が、コモディティの価格に応じて変動する非金融商品の売買契約を締結する金融以外の業種であると思われる。こうした契約中の価格変動リスクにさらされる要素は、それが契約に明示されている場合もあれば(例:ガス価格指数に連動した価格スライド条項があるガス購入契約)、そうではない場合もある(例:ジェット燃料購入におけるジェット燃料価格に内包される原油要素)。
企業が、実際にヘッジされている非金融商品のリスク要素を個別に識別でき、信頼性をもって測定できる場合には、当該リスク要素についてヘッジ会計が認められる。その際、それぞれの商品の市場において、当該商品全体の価格がどのように決定され、それが識別されたリスク要素とどのように関係するかについての分析が必要になる。弊社は、この分析を行うには、販売及び調達部門と、財務及び経理部門との連携が必要になると考えている。
純額ポジション
財務部門は、しばしば予想されるキャッシュ・フローを純額ベースでヘッジする。純額ポジションのヘッジの典型的な例は、財又はサービスの外貨建購入及び販売の純額ポジションに係る外国為替リスクのヘッジである。財務の観点からは、純額ポジションは、一定日時点の販売からのキャッシュ・インフローと購入からのキャッシュ・アウトフローをネットすることにより算定される。それによって生じる純額ポジションが、為替デリバティブを使ってヘッジされる。
しかし、純額ポジション中の個々のキャッシュ・フローが、異なる報告期間の純損益に影響を及ぼす場合、会計の観点からは、「ナチュラル・ヘッジ」は成り立たない。IASBは当初、公開草案において、そのようなヘッジにキャッシュ・フロー・ヘッジ会計を適用することを禁じていた。しかし、このような広く一般に用いられるリスク管理戦略と、会計処理とをより一致させるため、IASBは、その後の再審議において、純額ポジションを構成するヘッジ対象のすべてが同じ報告期間の純損益に影響を及ぼさなければならないわけではないと決定した。
なお、純額ポジションの指定に後知恵が用いられないように、ヘッジ文書において、純額ポジションを構成するすべての金融商品等の数量及び性質と、各金融商品等が純損益に影響を及ぼすと予想される報告期間が明示されていなければならない。
純額ポジションを構成するキャッシュ・フローが、異なる期間の純損益に影響を及ぼすことが認められるということは、早い期間の純損益に影響を及ぼすキャッシュ・フローの公正価値の変動を、それより後の期間に生じるキャッシュ・フローの公正価値変動と相殺するために繰り延べなければならないということである。これは、より早い期間に発生するキャッシュ・フローに係る利得又は損失を、一旦、その他の包括利益として繰り延べ、それより後の期間に発生するキャッシュ・フローが純損益に影響を及ぼした時点で純損益に振り替えることにより行われる。このような処理を行うためには、純額ポジションを構成する各個別項目について、その他の包括利益に計上された金額をトラッキング(追跡)する必要がある。多くの取引を純額ベースでヘッジしている一部の企業では、こうした作業の負荷があまりに大きいと捉えることも考えられる。
また、純額ポジションを構成する取引は、発生した時点で、その時の直物為替レートでそれぞれ計上しなければならず、ヘッジ会計が純損益に及ぼす影響は、損益計算書において独立科目として表示しなければならないという点も、財務諸表作成者及び利用者にとって、今般の改訂基準の魅力を損なうものとなるおそれがある。
次のステップ
最終基準は、2012年の上半期中に公表される予定である。
多くの関係者、特に金融機関は、いわゆる「ポートフォリオ」又は「マクロ・ヘッジ」についてIASBが個別の提案を策定することを待ち望んでいる。マクロ・ヘッジ会計についての公開草案は、2012年の後半に公表される予定である。