IFRSにおけるヘッジ会計 - 改訂審議が終了
はじめに
国際会計基準審議会(以下、IASB)は、これまで金融商品会計の「複雑性の解消」を一貫した目標として改訂プロジェクトを進めてきた。今般、IASBは、IAS第39号の抜本改訂プロジェクトのフェーズ3にあたるヘッジ会計について、このテーマに沿って、その実質的な簡素化を提案する公開草案(以下、ED)「ヘッジ会計」を公表した。なお、EDにはマクロ(ポートフォリオ)ヘッジ会計に関する提案が含まれていないが、これについては2011年に別途公表される予定である。
本増刊号では、IAS第39号に基づくヘッジ会計のうち、複雑とされる主な分野について、IASBがこれを簡素化すべく、新基準「IFRS第9号:金融商品」にどのようなヘッジ規定を設けるよう提案しているかについて考察する。
変更案の概要
- 個別に識別可能で測定できる場合には、金融、非金融項目両方についてリスク構成要素ごとのヘッジを許容。
- 適格なヘッジ対象には、デリバティブと非デリバティブの組み合わせ、額面金額の一部分又は一定割合、及び、片側リスクが含まれる。
- ヘッジ手段には、非デリバティブを含むことが可能。
- ヘッジ有効性テストにおける80-125%の数値基準は廃止。
- ヘッジの有効性評価は、将来に向かって行われ、リスク管理戦略と整合的に、ヘッジ関係が構造的に超過又は下回ることが予想されないことの確認を目的とする。
- リスク管理目的を維持するのに必要な場合、ヘッジ比率のリバランスが必要となる。
- ヘッジ関係がもはや適格でない場合(リスク管理目的が変更された場合を含む)には、ヘッジ関係の中止は必須となる。逆に、リスク管理目的が引き続き満たされている場合には、任意にヘッジ指定を解除することは認められない。
- 公正価値ヘッジにおいて、ヘッジ対象の簿価は調整されず、ヘッジ対象リスクに起因する累積利得又は損失は貸借対照表上の別勘定で計上する。ヘッジ手段とヘッジ対象の両方の公正価値変動は、その他包括利益(以下、OCI)に計上されるが、非有効部分は直ちに純損益に計上される。
- OCIを通じて公正価値で測定される資本性金融商品にヘッジ会計を適用することはできない。
- 適格なヘッジ対象グループのヘッジに関する新たな規定を設ける。
- 重要な新たな開示規定を設ける。
IAS第39号における主な問題
これまで繰り返し指摘されてきた問題は、IAS第39号のヘッジ会計に関する規定には、基本原則が欠如しているという点である。ヘッジ会計は、通常の認識及び測定原則に対する例外規定であるが、IAS第39号は、規則、制限、及び数値基準によりその例外を認めている。基本原則の欠如は、(時に相反する)規則と相まって、IAS第39号におけるヘッジ会計規定の複雑性の主な原因となっている。
IFRSにおいて、ヘッジ会計は企業の任意で行われる。すなわち、企業がヘッジ会計の適用を望まない場合には、これを適用する必要はない。しかし、その一方で、多くの企業がリスクを経済的にヘッジ(すなわち管理)しているにもかかわらず、現行のヘッジ会計規定が細則主義であることにより、その事実を財務諸表に完全に反映することができないでいる。また、アナリストや他の財務諸表利用者は、企業のリスク管理戦略及び実務に関する情報を重要と考えているが、ヘッジ会計の適用と企業のリスク管理目的が整合していないことから、その情報が財務諸表に明確に反映されない場合がある。
企業の主な懸念事項の一つとして、非金融項目の特定の構成要素をヘッジできないという点が挙げられる。たとえば、航空会社が、原油の先渡契約を締結することにより、ジェット燃料の価格の変動に対するエクスポージャーをヘッジしたいと考える場合がある。原油は精製商品(すなわちジェット燃料)の主な構成要素であるが、IAS第39号によれば適格なヘッジ対象とはみなされない。これは、現行の非金融項目のヘッジに関する規定では、為替リスク又は非金融項目全体(この場合、ジェット燃料の購入価格)についてしかヘッジが認められないためである。また、企業がコモディティ・デリバティブを用いて、銅、金、ゴム、砂糖、ココアといった原材料要素の購入又は販売をヘッジするような状況は数多く存在する。いずれのケースでも、原材料価格は容易に入手可能であり、価格全体に占めるこれらの構成要素の割合が、契約上、特定されていることも多い。しかし、こうしたケースにおいて、価格リスクへのエクスポージャーを管理するためにデリバティブを用いる場合であっても、現行規定上は、こうした経済的ヘッジの実務を財務報告に反映することは認められていない。
現行規定上、ヘッジ対象をグループとして指定するためには、多くの要件を満たさなければならず困難である。項目をグループ化できるのは、項目が類似し、類似のリスク特性を有し、ヘッジされているリスク・エクスポージャーを共有し、かつ、グループ内の個々の項目の(ヘッジ対象リスクに起因する)公正価値の変動が、グループ全体の公正価値の変動とおおむね比例している場合に限られる。その結果、多くのヘッジ対象は、明らかに経済的にリンクしている場合であってもグループとしてヘッジ関係に指定することはできない。最も広く取り上げられる例として、特定の指数を構成する株式(たとえば、FTSE 100種指数を構成する株式)の指数先物によるヘッジについてヘッジ会計が認められないということがある。ここにも、財務報告と企業のリスク管理方法との乖離を見ることができる。
その他の批判としては、有効性の定量的評価を求める規定について、その実施負担が大きいこと、定量的な評価をどのように行うかに関するガイダンスの不足、数値基準により恣意的な結果や極端な結果が生じるといった点が挙げられる。
ヘッジ会計は廃止されるか?
次の2つの理由から、廃止されることはないものと思われる。まず、IASBは、IFRS第9号において混合測定モデル(すなわち、償却原価と公正価値)を維持することを選択しており、作成者と利用者のどちらも、測定上のミスマッチに対応するうえでヘッジ会計を用いることが有用であると考えている。たとえば、ヘッジ対象(たとえば固定金利ローン)が償却原価で計上され、ヘッジ手段(たとえば金利スワップ)が公正価値で測定されるといった場合にミスマッチが生じうる。次に、ヘッジ会計は、財務諸表にいまだ計上されていない予定取引のキャッシュ・フローをヘッジするためにも引き続き必要である。
EDの重要なポイント
EDでは、ヘッジ会計の目的は、純損益に影響を及ぼす可能性がある特定のリスクから生じるエクスポージャーを管理するために金融商品を用いている企業のリスク管理活動の影響を財務諸表において表すことであると述べられている。
ヘッジ対象
リスク構成要素が個別に識別可能であり、かつ、信頼性をもって測定できる場合には、当該構成要素をヘッジ対象に指定することができる。リスク構成要素は、金融項目又は非金融項目のいずれの一部であってもよく、かならずしも契約で特定されていなくてもよい。そのため企業は、非金融項目全体を指定しなければならない現行規定と対照的に、特定のリスクについてのみヘッジ会計を適用することを選択できる。
EDの適用指針には、非金融項目におけるリスク構成要素の例として次の2つが挙げられている。
- 軽油価格を含む、さまざまなコモディティや、その他の要素を参照する算式に従って価格決定される長期天然ガス供給契約における軽油要素のヘッジ
- 原油がジェット燃料の「ビルディング・ブロック」であることに基づく、ジェット燃料の予定購入における原油要素のヘッジ
適格なヘッジ対象には、デリバティブ、デリバティブと非デリバティブの組み合わせ、額面金額の一部分又は一定割合、及び、片側リスク(例:一方向のみの価格変動に対するヘッジ)が含まれる。