IASBによる償却原価で測定される金融商品に対する新たな減損アプローチを提案する公開草案「金融商品:償却原価及び減損」の公表
国際会計基準審議会(The International Accounting Standards Board:以下、IASB)は、IAS第39号「金融商品:認識及び測定」の抜本的な改訂プロジェクトのフェーズ2として、公開草案「金融商品:償却原価及び減損」を公表した。
本公開草案は、IAS第39号の抜本的な改訂プロジェクトのフェーズ1の成果であるIFRS第9号「金融商品」1に従って償却原価法で測定されるすべての金融資産及び金融負債に適用されることになる。IAS第39号を抜本的に改訂するプロジェクトは、以下の図表1のタイム・テーブルに沿って進められてきたが、本稿では、そのうち公開草案「金融商品:償却原価及び減損」について簡単な解説を提供するものである。
図表1:
IAS第39号の抜本的な改訂プロジェクトのタイム・テーブル(2009年12月4日時点)1

1. 公開草案の概要
本公開草案は、償却原価で測定されるすべての金融資産について、期待信用損失及び予想キャッシュ・フローに基づき減損を測定する手法を提案するものである。減損は、償却原価による測定と密接不可分なことから、公開草案では実効金利法による償却原価の計算についても取り扱われているものの、この点については、概してIAS第39号の規定をそのまま引き継いでいる。なお、この実効金利法に関する指針は、償却原価で測定される金融資産及び金融負債の双方に適用される。また、公開草案では新たな開示規定についても説明の多くを割いている。
2. 償却原価
公開草案において、償却原価は、金融商品の残存期間にわたって受取利息又は支払利息を配分する取得原価を基礎とする測定方法と定義されている。償却原価は、具体的には、期待キャッシュ・フローを実効金利で割り引いた現在価値として計算される。
(1) 現行のIAS第39号における規定
現行の規定に基づき実効金利を計算する際には、見積キャッシュ・フローを考慮に入れることが求められる。固定金利の金融商品の場合、その後に見積りの修正があっても実効金利は変更されず一定に保たれ、その代わりに、残存期間にわたる修正後の見積キャッシュ・フローを当初の実効金利で割り引いた現在価値と修正後の簿価が一致するように、「キャッチ・アップ調整」が行われ、差額は損益に計上される。一方、変動利付の金融商品については、実効金利は市場金利の変動を反映して変更される。なお、IAS第39号では、変動利付金融商品について、市場金利の変動のみに基づくキャッチ・アップ調整は求められていない。
(2) IAS第39号からの変更点
公開草案では、IAS第39号に類似した実効金利計算が提案されている。ただし、提案されているモデルでは、金融資産については、キャッシュ・フローの見積りは期待信用損失を控除した純額とされる点で現行基準と大きく異なる(詳細については下記を参照)。なお、IAS第39号では、金融負債の期待キャッシュ・フローの算定上、債務不履行リスクを反映すべきかどうかは明確に定められていなかったが、公開草案では債務不履行リスクは反映させるべきではないとされている。
さらに、公開草案ではキャッシュ・フローの金額と発生時期について、もっとも起こりうる値(最頻値)ではなく、起こりうる結果を確率で加重平均した値(期待値)とすることが提案されている。
変動金利金融商品の場合には、市場金利の変動によって適用される実効金利が変更されるため、公開草案では、契約上の金利が変更された場合にキャッチ・アップ調整がなされるよう提案されている。この場合、キャッチ・アップ調整の金額は、各期待キャッシュ・フローを、当初の期待スプレッドに測定日における(それぞれのキャッシュ・フローに対応する)ベンチマーク金利2のゼロクーポン・レート3を加えた割引率で割り引くことによって計算される。ここで、当初の期待スプレッドは、当初の簿価及び期待キャッシュ・フローならびにそれに対応するベンチマーク金利に基づき計算され、その後は固定される。なお、現行規定と異なり、公開草案では、将来予想されるベンチマーク金利の変動を考慮しなくてはならないとされているため、変動利付金融商品の会計処理は著しく複雑なものとなるであろう。
3. 減損及び期待キャッシュ・フロー・アプローチ
現行のIAS第39号は、償却原価で計上されている金融商品について、発生損失モデルに基づき損失事象が実際に発生した場合のみ減損損失を認識するよう求めている。
これに対し、公開草案では、IFRS第9号に基づき償却原価で計上される(売掛金を含む)すべての金融資産について、期待キャッシュ・フロー・アプローチに基づく単一の減損モデルを適用することが提案されている。このアプローチによれば、金融資産の当初認識時の実効金利の計算に期待損失も織り込まれるため、減損損失は、金融資産の保有期間全体にわたって認識されることになる。期待信用損失の変化は、キャッチ・アップ調整として損益に反映される。
下表2は、現行のIAS第39号で求められる発生損失モデルと、提案されている期待キャッシュ・フロー・アプローチの相違点のうち、とりわけ特徴的な点を示したものである。
- 金融商品の契約上の変動金利に適用されるイールドカーブ。例えば、もしもある金融商品の契約上の変動金利がLIBORならば、ベンチマーク金利はLIBORカーブとなる。
- ゼロクーポン・レートは、理論的にはキャッシュ・フローのタイミングとリスク特性が同じゼロクーポン債の利率となる。
図表2:発生損失モデル vs 期待キャッシュ・フロー・アプローチ
| 現行の発生損失モデル |
提案された新たな 期待キャッシュ・フロー・アプローチ |
| 金融資産の利息収入は将来の期待損失を除く契約上のキャッシュ・フローを基礎として認識される。 |
金融資産の利息収入は将来の期待損失を含めたキャッシュ・フローを基礎として認識される。 |
| 減損損失は、損失事象が実際に発生(減損トリガ-)した場合にのみ認識される。 |
見積信用損失は常に再評価される。したがって、損失発生事象や減損トリガーは問題とならない。 |
| 将来の事象に基づき発生すると見込まれる損失は認識されない。 |
減損は見積信用損失にかかる不利な変化に基づいて認識され、その後の有利な変化に基づき戻し入れられることもある。 |
| 見方によっては、損失事象が発生する前は利息収入が過大計上されていると捉えることもできる。 |
利息収入は、取引開始時における正味の期待利回りを反映する。 |
| 減損の個別評価と集合的評価の間で複雑な相互作用が生じる(例:発生しているが報告されていない損失:incurred but not reported losses=IBNR). |
減損の個別評価と集合的評価は、いずれがキャッシュ・フローを見積るのに適しているかという点にのみ影響する。 |
4. 期待キャッシュ・フロー・アプローチに基づく減損の測定に関する公開草案における指針
公開草案には以下の指針が設けられている。
(1) ある一定時点の(Point-in-time)見積りと景気循環サイクルを通じた(Through-the-cycle)見積り
期待キャッシュ・フローには、各測定時点の状況に即して、金融資産から将来回収されると予想される最善の見積金額を用いなければならない(Point-in-time estimates)。したがって、単に過去のある景気循環の期間全体(もしくは複数の景気循環期間)にわたる信用損失の実績値(率)見積り(Through-the-cycle estimates)を用いることは認められない。
(2) 個別評価と集合的評価
償却原価を算定するうえで使用する期待キャッシュ・フローは、個別評価と集合的評価のどちらの方法に基づき見積ってもよい。さらに、金融資産の保有期間中において(たとえば当該資産についてデフォルトが生じた後など)、評価方法を変更することも認められる。これは、企業に求められるのは、信用損失を二重計上することなく期待キャッシュ・フローをもっとも適切に見積ることができるアプローチを採用することであり、その限りにおいて、アプローチ自体の違いは問題とはならないことを意味する。また、集合的評価に基づき期待キャッシュ・フローを算定する場合には、金融資産を、類似の信用リスク特性(たとえば、資産の種類、業種、地理的状況、担保の種類、期日経過日数などの特性)を有するグループに分類しなければならない。
(3) 情報源
信用損失及び期待キャッシュ・フローを見積るうえでは、内部データと外部データの両方の利用が認められる。企業独自のデータが利用可能でない場合には、信用特性の観点から類似する金融資産グループのデータを参照することもできる。ただし、ヒストリカル・データを用いる際は、現在の状況を反映するようにこれを修正しなければならない。
(4) バック・テスト
信用損失の見積りの妥当性を担保するために、採用する手法ならびに仮定を定期的に見直さなければならない。
(5) 担保
キャッシュ・フローの見積り上、担保の取得及び売却の可能性がある場合には、これによるキャッシュ・フローを考慮しなければならない。
(6) 実務上の簡便法
実務上の簡便法は、それによってもほぼ適切な金額を見積ることができる限りにおいて、償却原価の算定に用いることが認められる。しかしながら、実務上の簡便法を用いる場合であっても、以下の原則には準拠しなければならない。
- 償却原価の算定上は、貨幣の時間的価値を考慮しなければならない(割引の影響が重要でない短期債権を除く)。
- 期待キャッシュ・フローには、金融資産の残存期間全体にわたるすべてのキャッシュ・フローを含めなければならない。
- 金融資産は、期待キャッシュ・フローの現在価値と等しい金額で当初測定され、当初認識時に損失は計上されない。
(7) 売上債権その他類似の短期債権
公開草案では、売上債権については利息の計上を求めないことが提案されている。したがって、企業は、売上債権については、当初認識時に割引前金額から期待信用損失を控除した純額で計上し、その後は、当該信用損失の見積の変更の要否を検討することになる。
5. 経過規定
公開草案では、企業が、当初認識時から期待キャッシュ・フロー・アプローチを採用していたとすれば算定されていたであろう金利に近似するように実効金利を調整し、そのうえで当該実効金利を用いて新基準を遡及して適用することが提案されている。
発効日は最終基準の公表から3年程度と予想されている(おそらく2014年より早いことはないであろう)。これは、IASBが行った情報提供要請ならびに、その他さまざまな広報活動から得たフィードバックを踏まえると、財務諸表作成者がITシステムを修正し、期待キャッシュ・フローの見積りに必要なデータを収集するためには、基準公表から発効日までの通常の期間よりも長い期間が必要であることが判明したためである。
6.表示と開示
公開草案では、期待キャッシュ・フロー・アプローチに基づく減損に関する多くの定量的及び定性的な開示を求めることにより、財務諸表利用者に対して、単に金融資産の信用の質についての情報を提供するだけではなく、当該アプローチに関連して、「何が」、「どういった理由により」発生したのかを理解できるようにすることが提案されている。これは、IFRS第7号の下で現在求められている信用リスクに関する開示を拡大するものである。
提案されている開示の大部分は、金融資産及び金融負債の種別ごとに開示するよう求められている。
(1) 包括利益計算書本体での表示及び開示
(a) 利息収入の総額;利息収入から控除された(配分された)当初期待損失の金額;利息収入の純額;見積りの変更に伴う利得及び損失;実効金利法に基づく利息費用
公開草案では、ヘッジ会計の要件を満たすヘッジ取引にかかる利得及び損失のみ、ヘッジ対象の金融商品に係る総利息収入又は費用と同じ表示科目に含めるべきであると提案されている。
(2) 財務諸表の注記における開示
(a) 金融資産の分類ごとの引当金勘定による調整
公開草案では、金融資産に係る期待信用損失を表示するうえでは、常に引当金勘定を用いなければならいとされている。したがって、ある会計期間に金融資産が減損し、その期に企業が直接償却を実施した場合であっても、期待損失控除後の純額で表示することは禁止される。
なお、どういった場合に直接償却を行うかといった会計方針についても開示することが求められる。
(b) 見積りの詳細及び見積りの変更
公開草案で提案されている開示には、インプットの基礎、期待損失を計算する際に使用する見積技法、期待信用損失の重要な増加又は減少をもたらすインプットの変更、見積技法の変更、ならびに見積りの変更に関する定量的・定性的な分析が含まれる。
これらの中でもっとも重要な開示のひとつとして、金融資産の組成年度毎の貸倒引当金の増減と直接償却累計額との比較が挙げられる。さらに、この比較には、信用損失の見積りの変更による影響に関する定性的な分析(当該影響が重要な場合)も含まれる。なお、この開示は、金融資産の種別ごとに求められる。以下の図表3は、公開草案に設けられた例示に基づく開示例である。ここでは、ローンの種別ごとの従前の見積り(すなわち、信用損失に関する引当の累計額)と実績との比較が示されているが、こうした開示は以下を目的として行われる。
- 各期間における貸倒損失額のトラッキング
- 経営者による見積りの正確性に関する透明性を提供するため(経営者による見積りに多くの重要な変化があった場合、当該開示において、引当金が安定的な増加パターンを示すことはないであろう)
- 貸倒引当金の見積りに対するバック・テストに関する情報を提供するため
図表3:モーゲージ・ローンに関する、貸倒引当金と直接償却累計額との比較
| 組成年度 |
20X1 |
20X2 |
20X3 |
20X4 |
Total |
| CU |
CU |
CU |
CU |
CU |
| 貸倒引当金(累計) |
|
| 組成年度末 |
50 |
70 |
80 |
300 |
|
| 1年後 |
100 |
150 |
150 |
|
|
| 2年後 |
200 |
200 |
|
|
|
| 貸倒引当金(直接償却前) |
200 |
200 |
150 |
300 |
850 |
| 直接償却累計額 |
(100) |
(100) |
(50) |
(0) |
(250) |
| 貸倒引当金(直接償却累計額控除後の純額)(a) |
100 |
100 |
100 |
300 |
600 |
(a) 信用損失(貸倒損失)に対する正味の引当額は、引当金勘定の帳簿価額と一致する必要がある。
(b) 金融商品のライフサイクルの最後の期間において、直接償却累計額と引当累計額は一致する必要がある。
(c) 直接償却累計額は2つのカテゴリーに分類される。1つは債務不履行の結果としての直接償却であり、もう1つは抵当権を実行したことによる直接償却である。この図表ではこれは反映されていない。
(c) ストレス・テストに関する情報
企業の内部リスク管理目的で、経営者がストレス・テストを実施している場合、企業は財政状態及び業績に与える影響、及びストレス・シナリオに対して企業の耐える上での能力についても開示する必要がある。
(d) 金融資産の分類ごとの信用の質
公開草案では、会計期間中の信用毀損した(non-performing)金融資産の推移を示す増減内訳を開示することが提案されている。また、引当金勘定の増減と不良金融資産の異動の相互関係が重要な場合には、それに関する定性的な説明が求められる。金融資産は、90日以上の期日経過又は回収不能とみなされた場合に、不良資産と判断される。
(e) 金融資産の分類ごとの組成及び満期(vintage)情報
公開草案では、金融資産について、組成年度及び満期年度ごとの名目金額を開示すること提案されている。こうした開示は、財務諸表利用者が、特定の年齢の金融資産に関連する信用リスクを評価でき、それによって、企業が保有するポートフォリオ及び貸付ビジネスの質を理解するうえでの有用性を高めることを意図している。
(f) 新基準への移行に関する開示
新基準への移行にあたっては、企業は以下に関する定性的な分析情報を開示する必要がある。
- 従前の発生損失アプローチに基づき算定された実効金利と、期待キャッシュ・フロー・アプローチの下で算定される期待実効金利との差異に起因する損益への影響
- 当該影響による金融資産の償却原価への調整金額
7. 専門家諮問委員会
IASBは、財務諸表作成者、リスク・マネジメント、システム、オペレーション又はプロダクト開発に関するバックグラウンドを有する信用リスクの専門家、監査人及び規制当局からなる専門家諮問委員会を設置する予定である。
IASBは、当委員会を通じて、期待キャッシュ・フロー・アプローチに関する実務上の問題を解決するとともに、簡潔な適用指針を提供し、また、フィールド・テストの促進ならびに、期待キャッシュ・フロー・アプローチを簡素化するための方法を検討するための討議を行っていく予定である。