米国財務会計基準審議会(FASB)は、2010年9月17日に、ディスカッション・ペーパー「保険契約に関する予備的見解」を公表した。これは、国際会計基準審議会(IASB)が2010年7月30日に公表した保険契約に関する公開草案を受けて公表されたものである。保険業界がこのように大きな会計上の変更を行うのは、米国基準においてもここ20年以上で初めてのことである。IASBとFASBは、共同プロジェクトとして新しい保険会計に適用されるモデルの開発を行っており、当該プロジェクトにおいて保険会計の明瞭化を図るとともに、米国会計基準とIFRSのコンバージェンスを視野に検討が進められている。最終基準に向けて、今後、コメントレターの審議等により所要の修正が加えられる可能性があるものの、現行IFRSでは、保険契約については多くの点で各国の会計処理の継続が認められており、具体的な会計規定が実質的には定められていないことから、IFRSにおける新しい保険会計は、現時点では、IASBが公表している公開草案に近いものになるとみられている。したがって、両基準のコンバージェンスを達成するためには、FASBはIASBの見解との差異を調整し、現行の会計基準の改訂を進めざるを得ないと考えられる。
FASBのディスカッション・ペーパーでは、保険契約の測定に必要となる前提条件やキャッシュ・フローの割引には市場整合的なデータの使用が求められており、また、あらゆる保険契約に適用すべき単一のモデルとしての提案がなされていることから、提案されている測定モデルは、現行の保険契約の測定基準を大幅に変更するものとなる。また、保険負債の測定に関して、開示の拡充や透明性の向上が提案されている。
新しい会計基準の適用による影響は、財務報告やIRにとどまらない。企業の経営幹部は、事業戦略を幅広く見直し、将来的な損益のボラティリティ(変動性)などの不確実性を軽減する方策を検討することが求められるであろう。
FASBが提案した保険契約に関するガイダンスの概要
現在、提案されている保険契約に係る会計基準の改訂は、米国における現行会計基準であるFAS60、FAS97、FAS120及びFAS113(基本的には、いずれもAccounting Standards Codificationのトピック944「金融サービス―保険」に編纂されている)及び関連する10余りのガイダンスから、新しい会計基準案に置き換わるというものであり、これは、保険会社がこれまで経営管理や保険数理モデルの構築、ITシステムの設計の基礎としてきた測定モデル及びガイダンスを大きく変更することを意味している。
ビジネスへのインパクト:提案されたモデルによる不確実性と新基準への移行に際して必要となる事項
- 保険負債が公正価値に近い履行概念に基づいて測定され、その増減が各期の業績計算書に計上されるため、損益計算書のボラティリティ(変動性)が増すと予想される。
- 負債の構成要素及びその変動をより詳細に開示することが求められるため、保険契約のビジネス・ポートフォリオごとの開示が拡充され、透明性が高まる。
- 保険会社の主要な財務指標、プライシング及び商品設計、ALM並びに資本管理に変更をもたらす。
- 保険契約の測定、利益分析、収益予測及び決算報告に使用されるシステム、ツール及びデータへの対応が必要となる。
- 主要なプロセス及び内部統制のアップデートが必要となる。
最終基準発効までのスケジュール
- 2010年7月:IASBが公開草案を公表(コメント募集期限は2010年11月30日)
- 2010年9月:FASBがディスカッション・ペーパーを公表(コメント募集期間は3ヶ月)
- 2014年:IASBが採用する可能性のある適用開始日(2012年の期首利益剰余金の調整及び2012年及び2013年の利益の修正再表示が求められる可能性がある)
会計により企業の事業戦略が決定されることがあってはならないが、今回、提案された変更が適用されれば、保険者による新商品の設計、有効契約及び既存商品の契約ポートフォリオの評価及び業績開示が根本的に変わる可能性がある。また、リスク管理、特に資産と負債の管理に広範な影響が及ぶことが予想されるとともに、業務プロセスの再構築や提案されたモデルへの対応に向けた保険数理モデルの構築など技術的な検討が必要となる可能性がある。
提案されている会計フレームワークの詳細については最終決定されていないものの、従来の保険会計で想定されるインパクトの大きさを勘案すれば、マネジメント層にとっては、現時点で、内部及び外部の利害関係者への影響を見据えながら、最終基準の適用に向けたプランニングを始めるには決して早過ぎるタイミングではない。新しいモデルの影響を受ける保険者は、早くから計画を開始することで、長期的なビジネス上のニーズに合った新基準の導入が可能となり、新基準への移行を円滑に進めることができる。
保険者は、提案されている変更への準備を進める過程で社内インフラの高度化を求められる可能性が高く、そのことによって営業活動の合理化や財務報告の効率化を実現できる場合も考えられる。保険者は、自社に固有の契約ポートフォリオ、市場での地位、戦略目標及び社内体制の改善の機会に適合した新基準の導入計画を立案し、計画的に来たるべき変化への備えを進めていくことが重要となるであろう。準備の過程で、プロセスの見直し、ITシステム及びデータの移行、新たな専門知識の蓄積のための実施計画の策定に加えて、投資家、アナリスト及び規制当局との情報共有に関してのコミュニケーション戦略についても検討の必要が生ずるであろう。
新しい基準について、詳細の最終決定がなされておらず、現在募集中のコメントレターに基づく審議もなされていない現段階では、実際の適用はまだまだ先のようにも見えるかもしれないが、新基準へのスムーズな移行を考えれば、今がプランニングを開始する好機とも考えられる。