海運業 第4回:海運業における取引フローと留意事項

2020年7月30日
カテゴリー 業種別会計

EY新日本有限責任監査法人 海運セクター
公認会計士 植木貴幸/内田 聡/須藤佳典/西部雅史

1. はじめに

海運業、特に外航海運のオペレーションにおいて特徴的なものは「代理店」の存在です。海運会社は船舶を運航して収益を上げているわけですが、自らが、すべての船舶運営のコントロールを行っているわけではありません。むしろ、海運会社自体は主として顧客獲得と維持のための営業活動や経営企画、採算管理、資金財務活動、船舶調達計画、経理業務といった管理活動をメーンとしており、実際の現場業務については、ほぼすべてを主要港に存在する代理店に委ねているといってよいでしょう(そのため、海運会社単体では、その規模に比して従業員が著しく少ない傾向にあります)。

今回は、海運業における特徴である代理店を起用した場合の取引の概観と、これに係る会計処理を説明するとともに、そのような一般事業会社と一部異なる会計処理や管理手法が必要とされる背景である、海運業における特殊なビジネスモデルや法制度にも触れます。

2. 代理店における作業と会計事象の把握

代理店における具体的な業務は、船舶の入出港手続、燃料、船用品の手配や集荷業務および、それらに伴う費用の支払い、B/Lの発行、運賃の収受と多岐にわたります。

会計的な側面からは、収益面ではB/Lの発行と運賃の収受・消込作業、費用面では発注から請求書の受け取り、支払いといった一連の作業が代理店に委託されているということになります。

海運会社は、これらの代理店が行った作業結果である運賃の発生と回収、費用の発生と支払いといった会計事象を、代理店からの報告(近年では電子化されている場合もある)によって把握し、経理処理を行うという流れになります。

これら一連の代理店業務のうち会計事象について、海運会社は「代理店債権」「代理店債務」という一種の立替勘定を用いて記帳します。代理店が行う業務の流れと、海運会社(運航会社)における会計仕訳の流れをまとめると、次のようになります。

代理店における運賃の収受と運航会社への報告

代理店は荷主から運賃を運航会社の代理人として収受します。収受した運賃について、これを勘定書に取りまとめ、運航会社に報告します。

(運航会社における仕訳イメージ)

(運航会社における仕訳イメージ)

代理店からの費用見積りと送金依頼

代理店に入港の連絡をすると、入出港に必要な費用が見積もられます。運航会社は、その費用を代理店に対して前払いすることがあります。

(運航会社における仕訳イメージ)

(運航会社における仕訳イメージ)

代理店における費用の支払いと運航会社への報告

代理店は荷役等の業者に必要な業務を依頼し、各業者からの請求書を取りまとめるとともに、運航会社の代理人として各業者に支払います。これを勘定書に取りまとめ、運航会社に報告します。

(運航会社における仕訳イメージ)

(運航会社における仕訳イメージ)

代理店における回収運賃、支払い費用の精算

代理店における運賃回収額、運航会社の事前の送金額および代理店の支払った海運業費用との差額について、代理店と運航会社間で精算が行われます。なお、代理店は、あらかじめ運航会社と取り決めた条件に従い、代理店手数料を収受します。

(運航会社における仕訳イメージ)

(運航会社における仕訳イメージ)

運航会社における海運業未収金、前受金、海運業未払金の整理と計上

運航会社はB/Lを発行しているものについて、対応する運賃が代理店によって回収されているか否か、あるいは代理店によって回収されたものについて、収益認識基準に照らして海運業収益とすべきものか前受金とすべきものかを整理し、勘定処理を行います。

また、発生した海運業費用のうち、請求書は到着しているが未払いのものについて代理店に報告させるとともに、代理店に請求書が未着のものの見積計上を行い、海運業未払金を計上します。

(運航会社における仕訳イメージ)

(運航会社における仕訳イメージ)

なお、代理店債権・代理店債務は営業活動に関連して発生した債権と債務ではありますが、対象が直接の顧客あるいは業者ではなく、代理店による一種の立替勘定であるため、海運業準則上(個別決算上)、海運業未収金あるいは海運業未払金とは区別して表示がなされます。ただし、連結決算においては、代理店債権は海運業未収金に、代理店債務は海運業未払金にそれぞれ集約して表示されています。

【代理店を利用した貨物運送の流れ(例)】

【代理店を利用した貨物運送の流れ(例)】

3. 海運業における業務処理統制上の留意事項

海運業における業務処理統制の整備・運用の評価の特殊性を一言でいうと、世界各地に散らばった代理店における作業を、業務処理統制という形に、いかに落とし込むかということになるのですが、代表的な留意点としては以下の三つが挙げられるでしょう。

① 大量かつ世界各地で発行されているB/Lに関する情報を、いかに正確に把握するか
② 代理店に委託されている業務処理を、いかに把握し、評価するか
③ 見積処理過程における統制を、いかに整備し、評価するか

① B/L情報の把握

海運業における収益の最も小さな単位はB/Lです。特に定期船(コンテナ船)については、取引単位がわずかであり、かつ取扱量が多いため、発行されるB/Lは膨大な量となります。しかも、発行が世界各地の代理店で行われるとともに、内容の変更も各地(発行店所とは限らない)で行われ、回収も各地でなされます。これらの情報は、運賃収入および海運業未収金に直結するので、会社がこれらの情報を迅速かつ正確に把握するために有している業務処理を認識し、その業務処理が当初予期していたように働いているかどうかを統制という側面から評価しなければなりません。もちろん、これら大量の情報を正確に把握するためには、IT業務処理統制の整備と運用状況を評価することが必須となります。

② 代理店業務における統制の把握と評価

前述のとおり、海運業における実務作業については、その大半が代理店によって行われており、それらの活動の管理(統制)も代理店に委託されているため、代理店業務における統制の把握と評価が重要になります。ここで「委託」と書きましたが、近年では外航海運各社は海外の主要代理店を自営化(現地法人化)し、子会社としています。そのため、それらの代理店については、会社あるいは監査人が直接業務処理統制の整備と運用状況の評価を行うことが可能といえます。

他方、子会社化されていない代理店の取扱金額に重要性がある場合、「委託業務に係る内部統制の評価の検討」を行う必要があります。この場合、海外にある第三者の統制を評価することになるので、子会社の場合以上の困難が想定されます。

③ 見積処理過程の評価

一般的に、海外代理店からの報告書の受領には一定の時間を要します。特に、費用関係については、現地において正式な請求書の入手に時間を要することもあり、代理店からの報告には数週間、場合によっては数カ月を要します。

そのため、決算が早期化された近年では、決算の締めまでに、すべての費用の実際発生額を把握することは困難となり、費用について一定の見積計上を行うことは避けられません。一般的に、見積過程における統制活動の整備と評価は困難を伴うので、海運業費用に関する費目を重要なプロセスに含めている場合には、見積内容の正確性を確保する活動を「統制」として認識するために、チェック内容の具体化および数値化を検討する必要があります。

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