海運業 第1回:海運業の特有のビジネスと会計の概要

2020年7月30日
カテゴリー 業種別会計

EY新日本有限責任監査法人 海運セクター
公認会計士 植木貴幸/内田 聡/須藤佳典/西部雅史

1. はじめに

海運業とは、一般に船舶を用いて旅客又は貨物を海上輸送するというサービスの提供、又は船舶を貸し渡すことによって収益を得る事業をいいます。

海運業は運航領域によって、国内の海上輸送を行う内航海運と、日本国内以外の海上輸送を行う外航海運に分類されます。

本稿においては、もっぱら外航貨物輸送をターゲットとして、第1回では事業内容の概観とともに主要な論点や経営課題を紹介し、第2回以降で船舶や収益・費用などといった各論点について説明します。

2. 海運業の事業内容

海運業は船舶を購入又は賃借して船腹(輸送量としての船舶)を確保し、顧客との間に運送請負契約を締結して、ある地点から、ある地点まで貨物を海上輸送することによって、あるいは船舶の貸し渡しにより収益を獲得する事業です。

(1) 船腹の調達・確保

① 船舶の種類と保有・調達形態

外航海運業における貨物船は、船種によって油槽船(オイルタンカー)、LNG船、バラ積み船(バルク船・バルカーともいい、鉄鉱石や石炭などを輸送する一般的な貨物船)、コンテナ専用船、自動車船などに分類されます。

海上で貨物を運搬するというサービスを提供するためには、船腹を確保することが必要です。船舶の調達形態は以下のように整理できます。

【日本の海運企業における船腹の調達形態の整理】

【日本の海運企業における船腹の調達形態の整理】

仕組船会社による保有は海運業において特徴的なところであるため、第2回で詳述します。
海運業では、市場での需給バランスに合わせて、自社グループ保有と傭船を組み合わせて船隊を形成し、輸送サービスを提供しています。

② 船舶の売買

船舶という固定資産の特徴は一般のメーカーが保有する製造設備とは異なり、特定の場所に固定されているものではありません。また、船舶建造に関する規制は、主要な船級協会によって国際的な調整が行われており、基本的に、どの国でも使用することが可能です。そのため、船舶は営業のための固定資産であると同時に、売買可能な商品としての性格を併せ持っています。船舶の確保の方法としては、新造や傭船以外に中古船舶の購入も選択肢となります。

(2) 資金調達の特徴

船舶を建造するためには多額の資金が必要となります。一般的なケープサイズ(10万トン以上の大型船)のドライバルク船は50億円程度、大型LNG船では200億円近くとなります。
建造資金は、基本的には銀行などから調達します。船舶建造に対する融資は、長期かつ多額の案件となるため、そのプロジェクトの将来収益に対して厳しい審査が実施されます。

通常の借り入れのほか、リースによる船舶の調達も行われています。

(3) 船舶の運航

船舶を運航して貨物を運搬するためには、貨物の取り扱いコスト、船を動かすための燃料費、港湾での手続き費用、船員の人件費、などが必要になってきます。また、自社船であれば減価償却費や保険料、傭船であれば借船料(傭船料)がかかります。

(4) 海運業の収益と代金回収

① 運送契約と運賃決定方法

あらかじめ決まった航路を決まった寄港スケジュールで運航されるものを定期船といい、顧客などの求めに応じた航路・スケジュールで運航されるものを不定期船といいます。現在の外航海運において定期船は、もっぱらコンテナ船のことをいい、それ以外は通常、不定期船に分類されます。身近なバス事業に例えれば、定期船であるコンテナ船は乗り合いの路線バス、不定期船が貸切バスといったイメージになります。

不定期船の運航会社は世界中に多数あり、その運賃単価は海上輸送需要と供給船腹の需給バランスを基礎として市場で決定されます。主な指標として、外航海運のバラ積船についてはバルチック海運指数(BDI)、タンカーについてはワールドスケール(WS)などがあります。これらの指標をもとに、航路、船型、さらに期間などを加味して、顧客と海運会社の間で運賃が個別的に決定されます。一般的に契約期間は大型船であれば長期の傾向にあり、小型船になれば短期もしくはスポットでの契約が多くなる傾向にあります。

定期船であるコンテナ船の運賃決定に際しては、通常、運賃タリフ(標準運賃表)を適用することになります。これは、定期航路を行き来する間に、各寄港地でコンテナ単位の輸送を請け負うことから、顧客が不特定多数になり、標準的な単価を設定する必要があるためです。

また、近年の原油価格の変動に伴って注目されるのが、バンカーサーチャージ(bunker surcharge)です。燃料割増料(BAF:Bunker Adjustment Factor)とも呼ばれ、燃料油価格の変動を運賃に反映させる仕組みです。通常、運送契約に盛り込まれ、燃料油のマーケット価格に応じて運賃を精算します。これによって、原油価格の変動という海運業界へのリスク要因を一部緩和する結果となっています。

2020年1月から、船舶の燃料油に含まれる硫黄分濃度を、現状の3.5%以下から0.5%以下とする規制が国際的に強化され、燃料油のコストも上昇していますが、バンカーサーチャージによって、これらのコストが顧客に転嫁できるケースもあります。

さらに、不定期船では早出・滞船料が精算されます。早出・滞船料とは、荷主・運航会社間で授受される荷役のための停泊時間にかかる調整金で、当初合意した停泊時間を超過すれば滞船料を運航会社が受け取り、短縮されれば荷主が早出料を受け取ります。早出料は荷主が効率的な荷役をするためのインセンティブとなり、滞船料は船舶が長く拘束されたことに対する運航会社の逸失利益をカバーすることとなります。

② 代理店の利用

海運業における貨物輸送サービスでは顧客と運送契約を締結し、運賃・貨物と引き換えに船荷証券(B/L)を発行します。また、積地において貨物を受領後、海上輸送を行い、目的地の港に入港料や岸壁使用料などを支払って入港し、貨物を積み下ろして引き渡しを行います。これを各地の港で繰り返すことになります。

すなわち、世界各所において揚げ積み作業や運賃の収受が行われることになります。そのため、各地(各港)に業務の拠点が必要となります。これら世界中の拠点をすべて自社で賄うのは困難なため、各港にある海運代理店を起用して業務の委託を行うことになります。近年、貨物取扱量の多い地域では、海運会社が子会社を設立して代理店業務を行わせることも見受けられます。

(5) 修繕の特徴

船舶は安全運航が求められるとともに長期にわたって使用されるため、船舶安全法や、その他船舶の安全・環境に係る国内・国際ルールにより、5年に1度は修繕ドックに入って定期点検(定検)を行うことが課せられています。

会計上は定検のコストが重要な場合につき、次回の定検で見込まれる修繕費の当期負担額を、特別修繕引当金として計上することが一般的となっています。

3. 海運業の事業の特徴と経営課題

(1) 外的要因による大きな影響

① 世界の貨物運輸需給動向の影響

外航海運のビジネスモデルにおける大きな要素として、「ワールドワイドにおける競争市場の形成に伴う、収益・費用に対する外的要因の大きな作用」という点が考えられます。例えば、不定期船における価格変動の影響につき、前述のBDIの推移を見ると、最も値動きが激しいBCI T/C Avg.(ケープサイズ船舶の定期傭船平均価格)では、北京オリンピックの前後で、08年2月に10万ドル程度であったものが、3カ月後の同年5月には20万ドルを超え、2倍程度上昇しました。ところが、その後のリーマンショックで、同年11月には4,000ドルを下回る水準まで下落しています。その後も変動を続け、16年3月には1,600ドルという歴史的水準まで下落しました。

このように、世界におけるモノの動き(資源と生産物の需要の増減)に価格と量の両面でダイレクトに影響を受けるのが、海運業における収益・費用の特徴的なところです。

② 為替レートの影響

外航海運業での主要な取引通貨が米ドルであるため、一般に日本の外航海運会社の収入については米ドルの割合が非常に高く(近年ではユーロ取引も増加)、費用は円の割合が高いといった環境にあります。そのため、為替レートの変動については、為替予約などのデリバティブ等によってヘッジを図っているものの、円高の局面になると各社は大きく利益を減少させることになります。

③ 原油価格、人件費の影響

原油価格の変動は、海運会社にとって燃料費の増減につながります。また、外国人船員についてはマンニング業者という船員配乗会社からの派遣を受ける形態をとるため、貨物輸送需要が高まる局面では船員費の増加といった要素もあります。

(2) 多額な設備投資

船舶は1隻でも高価な資産ですが、顧客の要求を満たすためには一定以上の規模の船隊を確保する必要があります。前述のように新造船価は数十億から200億円程度と、設備投資は多額になります。そのため、船舶を安全に運航し、投資を確実に回収することが求められます。他方で、設備資金の調達についても多額・長期に行われることから、金利変動や為替変動の影響を十分に考慮することになります。

(3) 経営課題と対応

このように、差別化が困難で、市況の影響を大きく受ける業種である反面、製造業的な装置産業の側面も併せ持つ海運業においては、

  • 費用(特に固定費)を最小化すること(不況期)
  • 需要に対応できる体制をとること(好況期)

という、相反する経営目標に対応することになります。

自社船舶に余裕があれば需要増に対応することが可能となりますが、他方で不況時には過剰設備となるリスクがあります。これに対し傭船により調達する場合には、需要増加時に傭船料が高騰するリスクがある一方で、景気後退時には固定費の負担が少ないということがメリットになります。海運会社では、自社保有と傭船を組み合わせることや、長期・短期の傭船契約を組み合わせることで対応することになります。

また、輸送する貨物の種類(すなわち提供する船種)の組み合わせや、海運業以外の事業との組み合わせによって、景気変動に対応していくことも見受けられます。

【世界経済市況・業務の流れとBS・PLへの影響(イメージ)】

【世界経済市況・業務の流れとBS・PLへの影響(イメージ)】
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