食品・飲料メーカー 第1回:食品業界の概要

2021年3月31日
カテゴリー 業種別会計

EY新日本有限責任監査法人 消費財セクター
公認会計士 小川智之

1. はじめに

食品・飲料メーカーとは、主として生ものを中心とした原材料を購入し、工業規模で食品・飲料の製造を行い、製造した製品を販売する企業をいいます。本稿では、食品・飲料メーカーのビジネスの特徴・取引慣行・企業をとりまく経済環境等を踏まえ、業種特有の取引と会計処理上のポイント、その中で生じ得る財務報告リスクとそれに対応する内部統制、近年の会計実務動向(新たな会計基準、IFRS、KAM等)について解説します。

2. 食品・飲料メーカーの製品の特徴、事業環境、特有の法規制等


(1) 食品・飲料メーカーとは

食品・飲料メーカーは、製造している品種に対応して業種が多岐にわたります。総務省が公表する日本標準産業分類によると、食品工業は大きく「食料品製造業」と「飲料・たばこ・飼料製造業」に分類されますが、「食料品製造業」は畜産食料品、水産食料品などの9業種に、「飲料・たばこ・飼料製造業」は清涼飲料、酒類などの6業種に分類されます。さらに細分化すると「食料品製造業」は41業種に、「飲料・たばこ・飼料製造業」は13業種にまで分類され、食品工業全体で54業種に区分されます。


(2) 食品・飲料メーカーの製品の特徴

食品・飲料メーカーも、製造設備である工場を建設し、原材料を調達してこれを加工し、卸売、小売の流通にのせて消費者に提供するというプロセスは自動車工業など他の製造業と同様です。しかし、食品・飲料メーカーでは原材料・半製品・製品などの棚卸資産が鉱物ではなく、生ものであるという点に最大の特徴があります。

その性格を整理すると以下のように考えることができます。

① 原材料の入手時期に季節性があること
② 生産数量が、原材料の豊凶に依存すること
③ 保存性に乏しいこと(時間の経過により劣化すること、消費期限があること)
④ 加工しやすいこと(鉱物に比べ柔らかい)
⑤ 消費者の口に入るものであり、食の安全が求められること

特に③の保存性に乏しいという特徴から、原材料、仕掛品、製品の品質を維持するための保管方法、製造工程での品質管理、流通方法などが工夫されています。

また、製品が最終消費者の口に入るものであることから、採取、製造、加工(調理)、貯蔵、包装、運搬、販売のすべてのプロセスにおいて、病原菌による汚染、腐敗などによる変質、有毒な化学物質や髪の毛などの異物の混入などがないように対策が講じられています。

(3) 食品・飲料メーカーの事業環境

① 食の安全

近年、意図的な異物混入や、未承認の遺伝子組換(GM)食品の混入、食品表示偽装などの食品に関する不祥事が散見されています。このような中、消費者の食の安全の意識はさらに高まっていると考えられます。食の安全については、法律により行政上の指導・監督がなされますが、個々の企業においても各種認証の取得によるフードセイフティ及び意図的な食品安全阻害行為への対応としてのフードディフェンスに取り組んでいます。食の安全を確保するため、原材料がどこで生産・加工されたかを追跡できること(トレーサビリティ)も重要視されています。

また、2015年6月より新しい食品表示制度「機能性表示食品」の商品が発売されていますが、従来からある「特定保健用食品」(トクホ)に比べ、国の審査がなく、有効性や安全性に関する人を使った臨床試験も不要となり、論文などの科学的な根拠を添えて消費者庁に届け出れば、機能性を表示することができます。一方で、トクホの審査において安全性が確認できないと指摘された成分が機能性表示食品に使用されるような事例もあり、この制度自体に批判的な意見もあります。

② 原材料価格の変動

食品・飲料メーカーでは大豆や小麦など、主要な原材料を輸入で調達するケースが多くあります。中国やインドを中心とした新興国の経済成長に伴う世界的な食糧需給の構造変化は長期的に見れば原材料価格の上昇圧力になると考えられます。また、商品市場への投機的な資金の流入、為替相場の変動、生産地国での気候変動、食肉加工業における家畜の疫病流行、水産業における漁獲規制の強化や水揚げ数量の変動等の影響を受け、原材料価格は不安定さを増している状況にあります。

③ 海外市場への展開

日本市場は飽和状態にある上、少子高齢化が進んでいるため今後は市場が縮小していくと考えられています。このため、大手企業をはじめ、海外での事業展開の本格化を目指す企業が増えています。また、縮小する市場への対応や海外進出への準備として、大規模なM&Aも進んでおり、今後は海外の企業とのM&Aも盛んになると考えられます。なお、食品・飲料市場の縮小は日本固有の現象ではなく、多くの先進国に共通した現象と考えられていることから、加工食品の市場が大きく成長している中国やベトナムをはじめとするアジアの新興諸国への進出が期待される一方、食文化や味に対する嗜好の違い、物流など対処すべき課題も存在しています。

④ 人口動態及び購買行動の変化

人口の緩やかな減少と少子高齢化の進展及び高齢単身世帯をはじめとする単身世帯数の増加により、消費者の食行動や購買行動に変化が生じています。消費者の購買行動において1回あたりの購買額が減少傾向にあることから、食品・飲料メーカーでは少量パックでの展開や、多品種少量型の商品開発を行うようになってきました。

また、単身世帯や高齢者の増加、女性の社会進出を背景にインターネット通販などの食品・飲料のダイレクトセールス市場が拡大しており、ネットスーパーなどの既存店舗や商品センターから個人宅に配達する食品・飲料の宅配サービスが展開されています。

⑤ 国際通商

TPPとは、環太平洋パートナーシップ(Trans-Pacific Partnership)の略称です。TPP協定の目的は、「関税の撤廃」と「各国の様々なルールや仕組みの統一」にあり、オーストラリア、ブルネイ、カナダ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポール及びベトナムの11カ国の間で「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(TPP11)が2018年10月に発効されました。日本が輸入している農林水産物では、その80%強が関税を撤廃されることとなりました。なお、日本は当該交渉にあたり、米、麦、乳製品、牛肉・豚肉、甘味資源作物(サトウキビなどの砂糖の原材料)を、農林水産物のうち関税撤廃しない重要5項目として掲げていましたが、当該項目の一部の品目についても関税を撤廃することとなりました。

また、TPP以外にも、EU加盟国26カ国と日本が参加し2019年2月に発効された日EU経済連携協定や2020年1月に発効された日米貿易協定などでも関税撤廃・削減が進んでいます。

「関税の撤廃」は、製品に使用している海外からの原材料を安く仕入れることができ、また、海外に輸出しても安く販売できるといったメリットがある一方で、海外からの安価な食品が流入することにより相対的に高価な国内の食品の販売悪化につながる可能性もあります。従って、当該合意に伴うメリット、デメリットは企業によって異なるものと考えられます。また、「各国の様々なルールや仕組みの統一」により、食品添加物、遺伝子組み換え食品、残留農薬などを海外の緩い基準に合わせることに伴い食の安全が脅かされるなどの問題もあります。

⑥ 新型コロナウイルス感染症による影響

新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえ、国は2020年4月に関東・近畿・九州圏の7都道府県を対象に緊急事態宣言を発出しました。ただし、生活に欠かせない食品・飲料の供給を担う食品・飲料メーカーについては、政府からも事業継続の要請があり、各施設の実情に応じた感染予防対策及び従業員の感染予防・健康管理等に関し「食品製造業における新型コロナウイルス感染症拡大予防ガイドライン」「酒類業における新型コロナウイルス感染症感染拡大予防ガイドライン」等を策定するなどの対応を図りながら、事業を継続しています。

供給面においては、飲食系店舗の閉鎖、営業時間短縮や消費者の外出自粛などから外食需要が大きく減少した一方で、内食需要が増加したことから、冷凍食品、缶詰、レトルト食品、カップ麺、パスタなどの調理済み食品や保存のきく食品類の売上が伸びたほか、「新しい生活様式」の定着により消費者のニーズも変化してきています。

また、近年食品・飲料メーカーは国際的なサプライチェーンの形成により生産性の向上、生産コストの低減などに努めてきました。海外からの原材料の調達や生産拠点としての協力工場、製造委託先を構えてきた一方で、都市のロックダウンなど新型コロナウイルスを要因とした原材料調達、製造、配送への影響が想定されることから、今後サプライチェーンの見直しが行われる可能性があります。

(4) 食品衛生に関する法規制等

食品には前述のような特徴があることから、すべてのプロセスにおいて衛生面の確保が図られています。食品衛生は主として法規制によって行われています。主なものとして、食品衛生法、農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(JAS法)などがあります。

現行の食品衛生法の目的は、「食品の安全性確保のために公衆衛生の見地から必要な規制その他の措置を講ずることにより、飲食に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もつて国民の健康の保護を図ること」にあります(食品衛生法第1条)。この食品衛生法に基づき、農薬に関する新たな規制である「ポジティブリスト制度」やHACCP(ハサップ=Hazard Analysis Critical Control Point)手法の導入を推進する「食品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置法」(以下、HACCP法)などが創設されています。なお、HACCPはわが国において制度化され、2021年6月1日より、原則としてすべての食品等事業者がHACCPに沿った衛生管理に取り組む必要があります。また、近年の海外展開に伴いFSSC(Food Safety System Certification)22000の認証取得を推進している企業も見られます。FSSC22000は、食品安全マネジメントシステムの国際規格であるISO22000と食品製造業向けの食品安全に関する前提条件プログラムであるISO/TS22002シリーズを統合し、GFSI(国際食品安全イニシアチブ、Global Food Safety Initiative)によって開発された規格です。

【食品・飲料メーカーの財務諸表をめぐる経営環境】

【食品・飲料メーカーの財務諸表をめぐる経営環境】

3. 食品・飲料メーカーの業務と会計処理の特徴


(1) 固定資産の特徴

食品・飲料メーカーは、食品・飲料を大量生産して、一般消費者に供給する役割を担っており、食品加工を工業規模で行います。これを行うためには、大規模な食品製造設備が必要となります。食品・飲料メーカーはいわば装置産業であり、多額の設備投資が行われるのが特徴です。

食品・飲料メーカーでは、いったん投資した設備をいかに効率的に稼働させ、低コストかつ高品質の製品を製造できるかが成功の鍵となります。このため、多くの食品・飲料メーカーにおいて、生産計画の策定にはじまり、原材料調達から生産・加工・流通までを有機的に一体管理するSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)の考え方が採り入れられています。

また、環境への配慮や、食品衛生に関する法規に対応するための衛生面を確保するための設備投資などが求められるほか、減価償却減損会計、資産除去債務が論点となってきます。


(2) 原価計算の特徴

食品・飲料メーカーにおいて、製品を製造するために使用する主たる原材料は生もの等であり鮮度が求められることから、機械製造業などの他の製造業と比較して、製造工程が短く、単純であることが特徴です。たとえば、原材料が青果物や魚畜肉等である場合、加工はしやすい一方、保存性は乏しいため、製造加工を迅速に行う必要があります。そのため、酒類等を除き一般的に仕掛品は少なく、原価計算も単純なものが多いと考えられます。ただし、業種・品目の多様性から原価計算の方法は多岐にわたります(単純総合原価計算、等級別総合原価計算、組別総合原価計算等)。なお、近年の食品・飲料メーカーの原価計算はシステム化され、生産管理システムのデータに基づいて行われるのが一般的です。

(3) 購買取引の特徴

大量生産を行う食品・飲料メーカーが原材料を調達する際、コストダウンを図るとともに、高品質な原材料の購入を図るために、以下のような購買の方法を採ることがあります。

① 集中購買方式

この方式は発注金額が大きく、各工場共通の原材料等の購買を本社資材部等に集中させることで、仕入先から有利な条件を引き出すために行われる方式です。

② 大量発注・分散納入方式

この方式は発注先の製造能力、品質等を勘案し、数社に発注先を限定し、発注先との関係を強くすることで、有利な条件(価格、納期、サービスなど)を引き出すために行われる方式です。

③ 購買先の系列化

この方式は、安定的な原材料調達を目的として採用されることが一般的です。採用に際しては、関係会社の設立や、購買先に対する資本参加、役員派遣、資金援助、経営指導等の実施により行われます。

(4) 棚卸資産の特徴

食品・飲料メーカーにおいて生じる棚卸資産は、製造工程に投入される前の原材料が青果物や魚畜肉等の生ものであること、また最終製品が消費者に食されるものであることから、その生鮮度を維持することが重要となります。そのため保管の際には冷蔵、冷凍設備を必要とするケースがあります。

また生鮮度が重要であるため有効期限、賞味期限が設定されている製品も多く、期限切れ間近となった製品は、製品価値が低下し、値引販売や廃棄処分の対象となる可能性が生じます。そのような場合には棚卸資産の評価に関する会計基準(企業会計基準第9号)に基づき、棚卸資産評価損の計上要否を検討する必要があります。

(5) 販売取引の特徴

工場で製造加工された製品は、メーカーが消費者に直接販売するケースは少なく、多くの場合、商社や問屋などの卸売業者等を経た後、全国各地のコンビニ、スーパー、デパートなどの小売店や外食産業を通じて販売されます。また、EC市場(消費者向けの電子商取引市場)の急速な拡大に伴い、食品・飲料の販売においても小売各社におけるネットスーパーによる販売形態が拡大しています。さらに、リアル店舗とネットを融合させたオムニチャネル化も進められています。

自社で独自に物流センターを有する食品・飲料メーカーもあり、その中には他社製品の物流を代行するものもあります。製造された製品は一般的に保存性に乏しいという特徴を持っていることから、保管の際に冷蔵倉庫、冷凍倉庫が利用されることがあります。また流通の際にもスピードが求められることから冷蔵、冷凍設備のある輸送機器が利用されることがあります。

このような背景の中、食品・飲料メーカーにおける収益認識基準は、得意先からの受注に基づき製品等を出荷した時点で売上を計上する出荷基準が広く採用されてきました。この点、2021年4月1日以後開始する連結会計年度及び事業年度の期首から原則適用となる、企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」(以下、新収益認識基準という。)においては、財に対する支配が顧客に移転し、履行義務が充足された時点で収益を認識することとされており、顧客検収基準等に基づき収益認識するのが原則と考えられます。ただし、国内販売であることを条件として、商品又は製品の販売において出荷時から支配移転時までの間が通常の期間である場合には、出荷時から当該商品又は製品の支配が顧客に移転される時までの間の一時点(例えば、出荷時や着荷時)に収益を認識することが認められています(代替的な取扱い)。

また、メーカーが製品を販売する際、販売促進のためにリベートを支払う商慣習があります。リベートにはさまざまな取引形態があります。メーカーから卸売業者への売上の数量に比例して金額が計算されるものや、卸売業者の出荷数量に比例して金額が計算されるもの、支払先が卸売業者ではなく小売業者に対してなされるものなどさまざまです。この点、卸売業者や小売業者に支払われるリベートは、新収益認識基準における「顧客に支払われる対価」に該当し、顧客から受領する別個の財又はサービスと交換に支払われるものである場合を除き、売上高から減額します。

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