工事契約に関する会計基準 第3回:建設業・ソフトウェア業における留意点

2018年8月24日
カテゴリー 解説シリーズ

EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 湯本純久
EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 井澤依子
EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 中村 崇

1.今回のテーマ

「工事契約に関する会計基準」(以下、会計基準)及び「工事契約に関する会計基準の適用指針」の解説シリーズ第3回においては、建設業・ソフトウェア業における留意点について解説します。なお、文中の意見に関する部分は私見であることをお断り申し上げます。

2.建設業における工事進行基準適用上の留意すべき内部統制

工事進行基準は、一般的に会計上の見積りの不確実性の程度が大きく、重要な虚偽表示リスクが高くなることが多いと言えます。会計上の見積りの判断を誤ることによる誤謬(ごびゅう)のみならず、意図的な工事原価総額の見積りの調整や決算日における工事進捗度の調整を通じた工事収益の操作等の不正によるものも含まれ、虚偽の財務報告の事例も発生しています。工事進行基準におけるこれらの背景も踏まえ、関連する監査基準委員会報告書の要求事項を適切に適用するため、平成27年4月30日に「工事進行基準等の適用に関する監査上の取扱い」が日本公認会計士協会より公表されています。

当該監査上の取扱いは、主に「リスク評価手続とこれに関する活動」、「リスク対応手続」から構成されており、重要な虚偽表示リスクを発見、防止するための内部統制についても記載されていることから、「監査上の取扱い」ではあるものの、建設業を営む会社が工事進行基準の適用にかかる内部統制を整備・運用するにあたって参考になるものと考えられます。

ここでは、「リスク評価手続とこれに関する活動」から、評価すべき内部統制について取り上げます。

評価すべき内部統制
(1)全社的な内部統制
①統制環境
  • 工事契約の実行予算の策定管理及び見積り担当部署に関する経営組織
  • 工事契約の実行予算の策定管理及び損益管理に関する規程類の整備状況
  • 人事ローテーション
②財務報告に関連する情報システムと伝達
  • 工事進行基準の適用に関する会計上の見積りに必要となる情報の収集
  • 工事契約の損益管理等で利用される財務報告に関連する情報システム(関連する業務プロセスを含む。)の把握
③監視活動
  • 工事契約の実行予算の策定管理及び損益管理に対する工事契約所管部署等、取締役会、監査役等及び内部監査部門等のモニタリング状況
(2)業務プロセスに係る内部統制
①工事契約に係る認識の単位の決定
  • 工事契約に係る認識の単位の決定に関する業務プロセス
②工事収益総額の見積り
  • 受注登録(変更を含む。)に関する業務プロセス
  • 成果の確実性の事後的な獲得及び喪失に関する業務プロセス
③工事原価総額の見積り
  • 実行予算の策定手続及び承認手続に関する業務プロセス
  • 予算実績管理及び工事原価総額の見積りの見直しに関する業務プロセス
  • 成果の確実性の事後的な獲得及び喪失に関する業務プロセス
  • 発注に関する業務プロセス
  • 適切な工事原価総額の見積りが困難となる可能性のある契約に関する業務プロセス
④決算日における工事進捗度の見積り
  • 原価比例法の基礎となる発生した工事原価に関する業務プロセス
  • 人件費に関する業務プロセス
  • 関連のない他の工事契約に係る認識の単位との間の工事原価の振替及び付替えの防止に関する業務プロセス
  • 原価比例法を用いた決算日における工事進捗度の算定に関する業務プロセス
  • 原価比例法以外の方法を用いた決算日における工事進捗度の見積りに関する業務プロセス
  • 工事進行基準の適用の網羅性に関する業務プロセス
⑤工事損失引当金
  • 工事損失引当金の計上に関する業務プロセス
  • 工事損失引当金の網羅性に関する業務プロセス
⑥ITを利用した情報システム
  • ITに定められた方針や規定

建設業の内部統制については、企業会計ナビ―業種別会計の建設業の箇所においても解説しています。併せてこちらの記事もご覧ください。

業種別会計 建設業 第3回:建設業の内部統制

3.ソフトウェア業における工事進行基準適用上の留意点

(1)実務対応報告第17号と工事進行基準

第1回において記載したとおり、工事契約の適用範囲にはいわゆる建設等の工事だけでなく、受注制作のソフトウェアも含まれることが明らかにされています。

情報サービス産業において不適切な会計処理が指摘されたことなどを契機に、平成18年3月に「ソフトウェア取引の収益の会計処理に関する実務上の取扱い」(以下、実務対応報告第17号)が公表され、その中では業界の特殊性と、収益認識に当たっての留意点がまとめられています。

従来ソフトウェア業界において、進行基準の適用は一般的ではなかったことから、実務対応報告第17号においては完成基準を前提とした記載となっていますが、ここでは当該実務対応報告のポイントを挙げながら、進行基準適用上の留意点を整理いたします。

実務対応報告第17号<完成基準適用上の留意点> <進行基準適用上の留意点>
1.ソフトウェア取引の収益認識
ソフトウェアが無形の資産であることにより、状況や内容確認の困難さがある(当初から仕様が完全に明らかにならないケース、開発途中で仕様が変更になるケースも多い)。 顧客側で契約内容に応じて、成果物が一定の機能を有することについての確認が行われることにより、成果物の提供が完了する(従って、一定レベルの知識がある顧客によって検収が確実になされることが必要である)。 工事原価総額の信頼性をもった見積りおよび決算日における工事進捗度の信頼性をもった見積りが可能かどうか、慎重な検討が必要である。
検収書等を入手しているにもかかわらず、未だに入金がない、もしくはソフトウェアの主要な機能に関するバグの発生等により作業を継続しているケースが見られる。 成果物の提供の完了に疑義がないかどうか、慎重に検討する必要がある。
契約書を取り交わすべき取引について、ドラフトしか存在していないケース、本来の顧客との契約に至っていないケースが見られる。

取引の実在性に疑義がないかどうか、慎重に検討する必要がある。 工事収益総額の信頼性をもった見積りができないケースが多いと考えられる。
売上計上後に顧客に対し、多額の返金又は大幅な値引が見込まれている、もしくは過去そのようなケースが多発している。 対価の成立に疑義がないかどうか、慎重に検討する必要がある。
一つのソフトウェア開発プロジェクトをいくつかのフェーズに分けて契約を締結し、各フェーズごとに検収を行う分割検収が見受けられる。 契約が分割された場合においても、分割された契約の単位・フェーズの内容が一定の機能を有する成果物の提供であり、顧客との間で納品日、入金条件等の事前の取決めがあるか、分割検収の要件を満たすことを確認する必要がある。 進行基準の適用単位をフェーズ単位とするか否か、検討が必要である。分割検収の単位を、進行基準の適用単位とするのであれば、17号と同様、分割検収の要件を満たすことを確認する必要がある。
2.ソフトウェア取引の複合取引
受注制作のソフトウェアとソフトウェア関連サービスの複合取引など、異なる種類の取引を同一の契約書等で締結するケースがある。 管理上の適切な区分に基づき、販売する財又は提供するサービスの内容やおのおのの金額の内訳が顧客との間で明らかにされている場合には、契約上の対価を適切に分解して、それぞれ収益認識を行う。 17号で記載されているとおり、一定の場合には契約上の対価を適切に分解した上で、受注制作のソフトウェアの契約について進行基準が適用されるか否か、検討する。
3.ソフトウェア取引の収益の総額表示
一連の営業過程における仕入、販売に関して、瑕疵(かし)担保、在庫リスク、信用リスク等の通常負担すべきさまざまなリスクを負っていない場合がある。 通常負担すべきリスクを負っていない場合には、収益の総額表示は適切ではない。受注制作のソフトウェアにおいて、協力会社にプロジェクト管理のすべてを委託している場合等、当該リスクを負っていることを示すことが必要。 通常負担すべきリスクを負っていない場合には、工事進行基準が適用される請負契約に該当するか否か、検討が必要。

(注)上記、実務対応報告第17号の列のうち(  )中は筆者のコメント

(2)工事進行基準の適用とJ-SOX

(1)での整理から見られるとおり、工事進行基準の適用に当たっては、完成基準を前提とした実務対応報告第17号の留意点に対する検討が不要になるわけではなく、ここに記載された業界の特殊性を念頭に置いた上で、さらに厳しい検討(進行基準が適用できない場合もある)が求められることに留意が必要です。

工事進行基準を適用するためには、工事原価総額についても信頼性をもって見積る必要がありますが、そのためには原価管理体制の整備が不可欠です。特に受注制作のソフトウェアについては、適切な原価総額の見積りが困難な場合も少なくないため、顧客の求める要件を正確に把握した上で適切に原価を見積り、その後は適時に予算と実績を比較分析し、必要に応じて原価見積を修正するといった、より高度な原価管理が必要と考えます(会計基準第50項、51項参照)。

また、原価総額の見積りに際しては、何を根拠にどのような前提で見積りを行ったのか、社内で適時適切に文書化を行い、見積り変更の際には変更理由と変更の妥当性が明らかになるようにしておくなど、原価管理をより高度に実施するための内部統制の整備・運用が必要といえます。

情報サービス産業の取引慣行の中には、原価総額の見積りを困難にするような要因が現在も残っていると考えられますが、J-SOXの適用を機に取引慣行の改善を促すことが望まれます。

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